「たまくら」
あおり


 私立某(なにがし)高等学校は私立としても比較的金持ち高校である。そして変な学校でもある。だいたい人口二千弱の孤島に高校があるという時点で普通ではない。おまけに毎年の受験生は三百人を超える。ちなみに定員は二百人。ちなみに金があるのは、島民が村興しのために数年前に作ったためだ。人を呼ぶためなら何だってするといった勢いだ。
 と、まあそんなことはどうでも良い。どんな学校にも、生徒会というものが存在する。学生による自治組織のようなものだ。トップの名称は【会長】だったり【総務】だったりするらしいが、この高校では後者だ。そこはかとなくソ連の【書記長】を連想させるが、たぶん関係ない。いずれにせよ俺は知らない。
 あー、言い忘れてた。俺の名前。東郷志真。ルビは好きにふってくれて構わない。お勧めは「ひがしざとししん」だ。いや、嘘だけど。ちなみに総務部の一員。要するに総務の部下A。
 んで、現在俺の隣に座っている長身の美少女が秋田雲母といって、俺の恋人のようなそうでないような人。まあ、ギャラリィはそういうセットで扱ってくるんだけどな。俺たちにとっては…俺にとっては、ちょっと微妙。ちなみに名前は「きらら」と読め。他の読み方は許さん。間違っても「うんも」だなんて読もうものなら叩っ斬るつもりなのでそこのとこよろしく。総務の部下B。ちなみに副書記。
 で、他にも何人かまわりにいるんだが、面倒なので省略。あ? ここはどこなのかって? 見てわかるように、小型船の中だ。いや、わかんねーよな。見えねーよな、普通。俺が悪かった。すまん。
 
 なんだか話が全然進まないのでここからは少々ギャグ無しでいきたい。つっても大した内容は無いのだが。三月半ばの学年終了式典の夜、俺たちはそれなりに酷い目にあった。皆が皆、いろんな不幸に遭遇した。というか、恐怖体験だけで十分嫌な思い出だがな。で、その中でも特に酷い目に遭った(と、主張する)奴が約一名いた。
「なんでみんなしてそんな楽しい体験してるのよ!」
 奴は駄々をこねた。いい歳して…お前もう十六だろ?
「なら、この夏はうちの別荘で夏合宿でもしないか? 総務部で」
 と云ったのは如月円(きさらぎまどか)先輩。肩書きは会計委員長。総務の部下C。自分勝手で冗談だけで生きているような人。
「予算は?」
 つっこんだのは関ヶ原諒一郎左衛門理孝(せきがはらりょういちろうざえもんただたか)。通称【殿下】。俺たちの上司、というか今まで繰り返した当の総務本人だ。冷静沈着だが、割とお茶目だ。
「総務部寄付金使って良いでしょ?」
 総務部寄付金とは生徒会費とは別に徴収される金。ちなみに俺は去年五百円玉を一枚寄付した。だが、どう考えても出費は賄えていない気がする。どんな人間がいくら寄付しているのかまったくわからない妖しげな基金だ。
「…裏金にしておけ」
 しかも裏金があるらしい。俺も今まで知らなかった。ていうか先輩、さらりとヤバイこと云わないでください…。
 かくして、俺たちは円先輩の別荘があるという外海の無人島へと向かう。
「ちなみに地図にも載っていないんで、島に取り残されたらもはや助けは来ないと思って良いぞ」
 嬉しそうに笑う如月先輩。相変わらずこの人は楽しそうだ。
「地図に載っていないって…いったい何故です?」
 それを聞いたのは御堂草平。総務部の良心だ。
「あん? 税金対策に決まってるだろ? どうせ航路からは外れてんだし、見つかりっこないと思って報告してねーんだ。一応管理人も雇っていることだし。どっかの国の不審船に見つかりそうになったらN2爆雷でズドン、てな」
 まったく、どこまで本気なんだかこの人は…。
 
 島に着いての第一印象は、森だった。森を抜けての印象は、廃村だった。古びて放置されたような日本古来の木造建築物がまばらに五つ六つ並んでいる。周囲をぐるりと森に囲まれている。
「あれが、別荘ですか?」
 総務部でありかつ会計委員会に所属する品川小町。乙女座の十六歳。三月の一件で、ある意味一番不幸だったかもしれない人。
「安心しろ、中はちゃんと掃除してあるはずだから」
「いや、あの…、そういう問題じゃ、ない…」
 それを指摘したのは正書記の勅使河原妃華璃(てしがわらひかり)先輩。昔は総務部の良心だと思っていたけれど、実はかなり裏のある人だったりする。基本的には善人なのだが、時々理解しがたい行動をとるのが怖い。まさに、キレる十七歳と云ったところ。俺はちょっと苦手だ。
「あ? じゃあ何が問題なんだ? 云ったとおり、純和風の旅館だろ?」
 いや、あれはもはや旅館ではないというか何というか…。いや、少しばかり期待とずれていただけか。案外楽しいかも知れない。
「あれじゃ、枕投げができない」
 妃華璃先輩…。
「それって、単に皆で同じ部屋に泊まれば良いという問題なんじゃ…?」
「狭い。国際枕投げ連盟規定のコートを満たさない…」
 コートって…つーか枕投げにルールなんてあるのか?
「それとも、夕張ルールでやりたいの?」
 なんだか背中に黒く果てしないものを背負い、如月先輩を見据える。
「夕張ルール?」
「ええ。そこにルールはあってないようなもの。自分以外の全ては敵…。人は片っ端から枕を拾い、誰かにぶつけあう…」
「ん? それって普通の枕投げじゃないのか?」
「刃物を忍ばせようが、硫酸を仕込もうが、自由…とにかく相手を逝かせれば良い…」
 殺すな。つーかそんなルールで枕投げをしようという奴らは、既に頭の螺子がどっか逝っちゃっている。だいたい全国の夕張関係者に失礼だろう。
「…狭い室内でも勝負がつくようにと考案された、新世代枕投げ…」
「どの辺が新世代なんだ、どの辺が!」
「…原点回帰…あれはバブルのはじける直前のこと…人々は私利私欲と愛と勇気と希望と誇り(と酒と泪と男と女とか部屋とYシャツと私とか)にまみれ、真実の枕投げを見失っていた…」
「いや、もういい。殿下、タッチ」
 なおも話し続ける妃華璃先輩は如月先輩から総務殿下に引き渡された。彼なら妃華璃先輩の話にもつきあえるだろう。
「つーわけで、部屋割りを決めようと思う」
「あのさ、志真」
 そこで声をかけてきたのは、秋田咲夜。きららの双子の妹か姉。いや、どっちでも良いんだが。
「ん?」
「あたしたちの紹介、まだだよ」
 待て、それは誰に対しての紹介だ?
「というわけで冒頭で志真が【美少女】だなんて恥ずかしげもなく紹介していたきららの片割れの咲夜です」
 待て、なんで地の文の内容をお前が知っている?
「で、しばらく前まで皆に『さくな』って呼ばれてました。理由は云うまでもないよね。結局定着しなかったみたいなんで本名でそのまま呼ばれているけど。ちなみに現在きららとあたしの違いはほっぺたを見れば一目瞭然。ニキビで荒れているのがきららだからね」
 それでも二年にあがってからだいぶ減ってきたわい!
「後ろから見ると殆ど区別が付かないようなので要注意。ちなみに性格のほうは見てわかるように全然違うのよねー。例えばあたしの好きないじめのタイプは…って、何云わせるのよ!」
「ぐっ!」
 不意打ちの裏拳が俺の鳩尾に決まった。ていうか俺は何もしてねえ。
「続いて紹介しますは今年から何を血迷ったか総務部に入ってきてしまった二人の新入生、女の子が穂礼一姫(ほれひとめ)で、男の子が桑江非恋(くわえひれん)。どっちもあり得なさそうな名前だけどそこは気にしないで」
「よろしく」
「お願いします」
「ほらほら、そんなに緊張しなくても良いのよぉ。ハイエストテンションでいきましょー!」
「ハイエスト…最上級なんですね」
 静かにつっこむ非恋。ちなみに穂礼に突っ込み属性は無い。
「もちよ。命短し恋せよ乙女。すなわち短い合宿の間にかけがえのない思い出を作りましょうというわけ。何にせよ十七の夏休みは一度きりよ。ま、あたしときららと小町は乙女座だから、二回あるけどね」
 確かに、夏休み中に誕生日があるんだからそうなるわな。でもこいつ、一度目の十七の夏休みはきっと、宿題に追われているぞ。
「あー、咲夜の奴、酔ってるなぁ。一滴も飲まなかったくせに」
「なんのことだ、御堂?」
「船酔いだよ。お前はきららに介抱されていたけど、こっちはこっちで宴会だったんだ」
「…介抱? きららが? …俺を?」
「…やっぱり気付いてなかったか。この幸せ者め」
 悪かったな。ほとんど意識がなかったんでね。
「んで、妃華璃先輩と品川は酒に酔って暴走。咲夜は船に酔って暴走。如月先輩は図に乗って暴走」
「お前は?」
「殿下と非恋と穂礼の四人でしつつ、連中を監視してた。ちなみに結果は皆似たようなもの。具体的には俺が七円の勝ち」
「ていうか船に酔って暴走って何だよ…」
「人間は持てる力の三割も使っていないというぞ」
「いや、それ全然説明になってないし」
「つまり、転龍呼吸法でも使ったんだろうということだ」
「いや、わけわかんないから」
 こうして時間が無駄にすぎようとしていたところ、
「えーっと、なんだかよくわからない会話があちこちで展開されているようだが、気を取り直して部屋割り始めるぞ」
 如月先輩が再び取り仕切る。
「ところで先輩。私たちは十人いるはずなんですけど、でもあの明らかに一人分って感じの部屋は見たところ五つしかないんですけど?」
「二人ずつ泊まれば良いだろ」
 男…俺、御堂、如月先輩、殿下、非恋。
 女…きらら、咲夜、品川、妃華璃先輩、穂礼。
「いや、良くねえよっ!」
 どうやったって男女のペアができちまうだろうが。
「うるせーな、志真…てめえらが一緒に泊まれば良いだろう?」
「……っ!」
 えっと…俺たちってことは、俺ときららのことを指しているんだろうから…。
「志真……何を想像している?」
 御堂がつっこむ。いかんいかん。断固反対しなければ。
「いや、あの、せんぱ…」
「志真たちが遠慮するというのなら、僕が一部屋もらおう」
 妃華璃先輩と枕投げ談義に熱中していたはずの殿下が突然こちらの会話に参加してくる。
「女性陣は三人でも平気だろう? 御堂はともかくとして、男子が三人泊まるには窮屈そうな部屋だし。男子側が三部屋使っても構わないだろう?」
「…」
「それとも、来るか? 勅使河原」
 …って、どさくさに紛れて何を云い出すんですか殿下?!
「そうだねぇ…ううん、やめとく。枕投げの話はまた明日で良いよ」
 あ、そういうことか。なんだ…。
「まあ志真、安心しろ、どうせ壁は隙間だらけで、音はそのまま漏れてくる。仮にお前ときららが同室になってたって、何も起こりやしないさ」
「まあ、そうかも知れないですけど…」
「仮にそんな状況下で何か起こりかけたってんなら双方納得ずくでのことだろう?」
「あの、そういう考え方もどうかと」
「東郷くん…」
 そこへ声をかけてきたのはきらら。ちなみに俺のことを姓で呼ぶのは、この面子ではきららだけだ。
「何、きらら?」
「あーあ、きっとさっきのことだぞ志真。二人部屋にしてやろうかって云った時にお前が躊躇した話――」
「来て」
「え、あ…」
 きららにひっぱられ、俺はその場を後にした。正確にはひっぱられないように、俺がきららに着いていっているのだけど。もちろん御堂は無視だ。
 そしてそのまま、森の中まで入っていく。皆との距離をとるだけにしては離れすぎだぞ。
「どこまで行くんだ?」
 すると、漸くきららは立ち止まった。
「どうして、あそこで黙ったの?」
 俺の両手を取って、きららは正面にまわりこむ。
「…どうして、って…」
「私との二人部屋、嫌だったの?」
「嫌じゃない」
 っていうか、何ヲ云イダスノデスカアナタマデ…。
「…嫌じゃないけど、まだ早いと思ってさ。きららは、まだそんなこと望んでいるのかどうかわかんなかったし」
「私だってわからない」
 そう云って、きららは一瞬で俺の後ろへ回り込む。
「君が、何を考えているのか…」
 背中に感じる、きららの感触。
 まったく、どういうつもりなんだ…?
 わからないことは、不安。
 ああ、そういえば大昔から云われている格言があるではないか。
 ――女は、わからない。
「何もわからない。だから、云って。私たちは超能力者でもなければ、阿吽の呼吸を得た知己でもないんだから」
 いつかは、言葉なんて要らなくなるのだろうか。
「それは…そうだな。うん。じゃあとりあえず…離れてくれない? 俺、このままだときららを押し倒し兼ねない」
 で、そこできららがどうしたかというとだ。
「…ばか」
 膝かっくん。
「うあ?!」
 おまけに思いっきり背中を突かれた。もろに正面に倒れ込む。
「な…なんなんだよもう…」
 起きあがろうとしたところへ、手がさしのべられる。
「こないだの、返事だよ」
「え?」
 俺がその手を取ったところで、頬にキス。
「あ…」
 そのまま、きららは走り去る。
 こないだ。こないだ…ひょっとして、四ヶ月前に告白した時の返事か? あの時のどさくさ以来、つきあっているようなそうでないような感じで続けてきたけれど…。
「やべえ、めっちゃ可愛い」
 以下、ただのノロケにつき、省略――。
 
「肝試し大会開始~♪」
 描写をすっとばしまくったが、一日目、夜。ちなみに合宿は二泊三日(と往復船中泊が一回ずつ)だ。一日目中遊び倒して露天風呂にも行ってきたところで今夜は就寝さあ寝よう…としていたまさにその時、咲夜が飛び込んできた。ちなみにここは俺と非恋の部屋。着替えでもしていたらどうする気だ?
「ていうか咲夜先輩、まだそのテンションなんですね」
「船酔いなんだろ」
 非恋の問に、俺はやる気なく答えた。
「…違うと思います」
「そーよ志真、非恋ちゃんの云う通りあたしは酔ってなんかいないわよ」
 はいはいそうですか。俺はもう疲れて今すぐにでも眠れそうなんですがね。
「それより志真こそ、どうして眠そうな顔しているのよ。船の中じゃきららの膝の上で悶えてたくせに」
「誤解を招く表現をするな!」
「でも、間違っていませんよ、先輩」
「知るか。それに俺はまともに寝てないんだ。意識は無かったけど」
「まあ、そんなに二人で熱い夜を?!」
「黙れ」
「…」
「…」
「いやすまん。話が進まないから喋ってくれ」
「さりげにストーリィ展開なんか危惧しているあたりが情けないわね」
 ほっとけ。リアリティよりもリアリズムだ。
「で、肝試しよ」
「それは聞いた」
「何か反応は?」
「またかよ!」
「何を云っているの? 前のはもう四ヶ月以上も前の話じゃない。だいたい今回の面子の全員が参加したわけじゃないんだし」
「ああ、そうだったな。でも俺は不参加ということで」
「理由は?」
「眠い」
「あ、そ。それじゃあきららは今夜は待ちぼうけ、と。それじゃ行こうか非恋ちゃん」
「あ、はい」
「待てやコラ」
 意味ありげな科白を残して去っていこうとする咲夜の腕を掴む。
「今回の肝試しのルールはね…」
 その説明を聞くや否や、俺は眠い目を擦って飛び出した。
 
『この森の中を、皆で彷徨うの』
 懐中電灯片手に、道無き道を彷徨う。はっきり云って、ライト無しではとても歩けたもんじゃない。如月先輩に聞いた限りでは、特に危険な場所は無いらしいのだが。
『んで、二種類の地図を男女それぞれに別のものを渡すわ。もうわかったと思うけど、誰か一人異性の相手を見つけて、その地図に書いてある宝物を探しに行ってね』
 だいたい小さな無人島とはいえ、一キロ四方ぐらいはあるって話だぞ。そこそこ無謀な気がする…。
『んで、こっからが問題なんだけど、たぶん皆、きららのペアは遠慮すると思うのよね。志真に譲ってあげようと思って』
 だったら俺の不参加を連絡しろ――そう云ってやりたかった。
『でも、もう皆は出発しちゃったしねぇ。あたしたち三人以外』
 冷静に考えてみれば、他の男どもが遠慮したとしても、きららが一緒に行こうと云い出すかもしれない。その辺り、彼女は俺に対して冷たいと思う。
 ――そんなの、俺が、嫌だ。
 そういうわけで、俺より先に誰かがきららを見つけるという事態そのものを、俺は断固阻止しなければならないのだ。英雄譚みたいだな。お姫様の救出に命をかける勇者と、気持ちはそんなに変わらないつもりだ。どっちも私欲のために動いているんだし…
「呼びました?」
「いや、呼んでねえ」
 穂礼の声が聞こえて、おまけにそれに対して返事をしてしまったような気もするが、気のせいだろう。危ない危ない。迂闊に『姫』だなんて口にするもんじゃないな。というか、口にだしたつもりも無いんだがな。穂礼一姫……自分の名前に過剰反応しすぎだよ。しかも漢字に。
 つーわけで穂礼は無視して夜道を進む。
 
「きらら」
 で、さらに時間は飛んで四度目に見つけた相手が、漸くきららだった。
「この暗がりで、よく咲夜と間違えなかったね」
 いや、ぶっちゃけ咲夜の存在なんてこれっぽっちも頭に無かっただけだ。つけくわえると、咲夜をきららと間違えるよりきららを咲夜と間違える方が問題だってのもある。…一回やらかしたけど。
 それはともかく、俺たちは歩き始める。
「まあ、なんとなく、だけどな」
「ありがとう」
「…」
「…」
「…手、握って良いか?」
「ん。お願い」
「…あのさ」
「何?」
「昼間の、あの、返事って――」
「あ、総務と妃華璃先輩」
 立ち止まるきらら。そらされた…?
「本当だ」
 とりあえずきららの指の示す方を見る。木々の隙間に、確かに二人の姿が見えた。こちらには気付いていない。
「それにしても妃華璃先輩、ずいぶん楽しそうだな」
 普段は大人っぽかったり得体が知れなかったりする人だけど、今はなんだか可愛いという表現が当てはまりそうな笑顔。
「二人っきりだもんね」
「…あれ、あの二人ってデキてんの?」
「知らなかったんだ」
「うわぁ、総務部も内部恋愛で腐ってるなぁ」
「ていうか殿下、妃華璃先輩とは去年の夏にはつきあい始めてたはずだよ」
「…ちょっと待て。その頃じゃなかったか? 妃華璃先輩が書記課に入ったのって。確かに俺たちが入学した時から総務部にはいたけど」
「たまたまだと思うよ。むしろ、十二月の選挙で殿下が総務になった時に妃華璃先輩を正書記に任命した時点で気が付かなかったの?」
「全っ然」
「夕べの、話だよ…」
「え?」
「覚えてないかもだけど、東郷くん、寝ながら何度も云ってくれたから。私のこと…好き、って…」
 手を放して、すたすたと歩き始めてしまう。
「…あ、あれ…? なんか、夢の中でそんなことを云うシーンがあったような、そんな気がする…ホントにあんなにたくさん云ってたのか!」
「云ってくれたよ。…たくさん」
 すたすたすた。近づいて、手を取って、そのまま引いていく。
「なんか、全然肝試しでもなんでもないな」
「ありがとう」
「全然話がつながってねーぞ」
「嘘吐き」
「どこがだよ」
「ああ、うん…もう少しで、本気で好きになりそう」
「…っ!」
「東郷くんは、どうして私のこと、好きになったの?」
 あ、まずい。これは非常にまずい。普通に切り抜けられない。
「あ~、それなんだが、誠に申し訳ない。実はこの話、つい先程よりミステリ路線に変更になったんだ」
「え…? どういうこと…?」
「その上、作者の気力と原稿〆切までの時間の都合上、その話は割愛させて頂くことになった」
「…そんなんアリ? アリって云うんなら即刻別れる」
「…じゃあ、読者にはエピソード1で語ることにしよう」
 そういうわけで、今夜はここまで。
 
 翌朝。
 ちょっとした事件が起こっていた。
「だから部長、一体どういうことなんです?」
「僕にもわからないな」
「ちょっと、話が見えないんですけど…」
 何しろ朝目が覚めたら咲夜と殿下が枕元で口論しているのだから。おまけに非恋は行方不明。なんでこう、わけのわからないことが起こっているんだ?
 というわけで時間がとんだ直後で申し訳ないが、話は一時間ほど前、本日未明まで遡る――
 
 はい。ついでに話者まで交代しちゃった。ノリでわかると思うけど、作中随一の美少女、咲夜ちゃんですよ~。え、あたしの性格がこんなはずはないって? 誰よ他人に自分の想像を押しつけてるのは…。というわけで作者の設定資料集を見てみよう。なになに…【雲母よりは明るい。高二の春頃に強く頭を打つ】…そんだけ?
 …こほん。ええと…ごめんなさい、これじゃいつまでたっても話が進まないよね。
 とにかく本日未明、気になることがあったので総務の部屋へ飛び込んだの。
「総務! あ、やっぱり、これはどういうことですか?!」
 そこには彼が犯人だという確たる証拠がありました。
「おはよう咲夜。何……? ふむ。確かにな。何故だろう?」
「しらばっくれてもだめです総務! ていうか総務ってなんだか呼んでて語感が悪いのでこれから部長って呼びますね!」
「その心は?」
「総務『部』の長ですから、部長で良いんです」
「納得した」
 
「…と、こういうわけなのよ」
「…はぁ?」
 わけわかんねーぞこら。
「だから、なんであたしが殿下を部長と呼んでいるかという基本事項について説明を」
「んなもんどうでも良いわ!」
 
 じゃあ気を取り直して。
 …とにかく本日未明(までもうそろそろかなって頃)、あたしは肝試しで誰にも見つけてもらえなかったから引き返してきた。それなりに楽しかったんだけどね。途中でギアガの大穴みたいな大洞窟を見つけて探検…もとい、雨宿りしてたのがまずかったのかも…ごめん嘘。ホントは宝ヶ池トンネルぐらい。
 でもって、とりあえず露天風呂まで行ってのんびりしてから部屋に帰ってきたわけ。予定では、そこには妃華璃先輩と一姫ちゃんがいるはずだった。うん。それは実際予定通りだった。けど、布団が三組敷かれているにもかかわらず、枕が二つしかなかった…。そこでピンときたあたしは部長の部屋へ走った。妃華璃先輩と殿下の仲は公然の秘密。知らない可能性があるのは志真ぐらいのもの。そして案の定、彼の部屋には枕が二つあった…。
 
「…それで?」
 語り終えた咲夜に、俺は尋ねた。てか、殿下たちのことを知らなかったのは俺だけだったのか…。
「てめぇが殿下を尋問している理由はよくわかった。だが、なんで俺の部屋なんだ?」
「姉婿だし、多少の迷惑をかけても構わないかと」
「いや、おもいっきし構うから。おまけに今の場合、迷惑をかける必要すら無い気がするんですけど?」(ていうか姉婿って何さ?)
「まあ、言葉の綾よ」(あ、姉婿はスルーされた)
「ほう? 俺は言葉の綾でたたき起こされたのか?」
「ていうか、ぶっちゃけ証人が欲しかったのよ」
「何の?」
「殿下の事情聴取」
「『部長』じゃ無かったのか?」
「気にしないで。あ、非恋ちゃんは早起きして現場保存に行ってもらってるから」
「えらく大げさだな」
「君は気にならない?」
「他人事だし」
「さては、自分たちに話題が映されると困るのね? 憎いねぇこの!」
「僕の事情聴取じゃなかったのか?」
「もう飽きた」
「そうか」
 どっこいせ、と立ち上がる部長…じゃなくて総務。落ち着いた物腰、というより爺くさい。
「先輩。やっぱり足跡はありませんでした」
 そこへ走り込んでくる非恋。
「それじゃ、帰らせて頂くよ」
 入れ替わりに出ていこうとする殿下。
「ちょい待ち」
 どこから取り出したのかステッキの柄を先輩の襟にひっかける咲夜。
「あまり褒められた行為じゃないな」
「誰が褒め言葉なんて期待するものですか」
 ご立派で。
「あたしは、折角四人も揃ったんだからカードでもしないかって云いたいの」
「わかった。たしかに朝食まではまだ時間もあるしな」
 というわけで、突然始まるコントラクトブリッジ。
 
「それにしても非恋、なんでお前、そんなに上手いんだ? 一年生としては、有り得ない強さだと思うぞ。如月先輩に鍛えられた俺たちとまともに勝負できるだなんて」
 ゲームは総務が一人で負けていて、非恋が一人で勝っている。俺と咲夜はプラマイゼロ。
「ブリッジは得意ですからね。それに、それを云うなら殿下なんて…」
「お前、それだけ上手くて気付かないのか?」
「え?」
「昨日の朝もやってたんだろ? 初めは殿下が負けていなかったか?」
「…まさか」
 殿下の悪い癖だった。金を賭けると初めの三戦ぐらいは全然本気を出さない。その後猛攻に出て、全員の勝ち負けを殆どプラマイゼロに調整してしまう。一体どうやったらそんなことができるのか、こっちが問いたい。まあ、逆に云うと、殿下さえいれば、賭け金のことなど気にせずに賭博ができるということだ。ちなみに金を賭けない時は本気で来るので、どうやったって勝てない。
「ところで咲夜、非恋が調べてきた足跡って何のことだ? ていうか現場保存とあんまし関係ないだろ?」
「だから、現場の足跡の状況を彼の頭の中に保存してきてもらったのよ。夕べは雨が降ってたし…ちなみに降り出したのは深夜十二時頃。その後に外出した人物はいないわ」
「どうして?」
「雨が降り出したからって部屋まで駆け込んだのは非恋くん。部屋まで戻ってきた時には降り出してから十分ちょっと経過してたみたいね。彼が部屋に戻る時の足跡が残っているのがまず一つ。ついでにあたしは雨が上がってしばらくしてから洞窟から出て、その後お風呂に直行したの。そしたら当然、小屋が集まっているこの辺りを通るじゃない? そんときの足跡が二つ目」
「それで、他の足跡がないかって探してみたんですけど、まったく見つからなかったんです」
「で、今回の騒動の容疑者の片割れと見られる妃華璃先輩。一姫ちゃんによると夜中の十二時時頃には肝試しから戻ってきていたそうよ」
「そういや俺を肝試しへ連れ出しに来たのが十時頃だったな」
「うん。それから順番に部屋をまわって、全員を外に連れ出し終わったのは十時半頃ね」
「…おい」
「え、何?」
「俺の記憶が正しければお前は――」
「ああ、他の連中は既に森の中だ、って奴ね。嘘に決まってるじゃない。とりあえず男連中を先に森の中に放ったの。だって女の子の方が長時間の孤独に耐えるだなんて非人道的よ…ん、何? その顔は」
「…いや、いい。怒る気も失せた」
 と、そこへ突然殿下が割り込んでくる。
「残り7トリック。貰った」
「え? ちょっと待った!」
 殿下が提示した七枚のカードを見る。
「…確かに取れますねぇ…」
「人がグランドスラムを賭けている時によそ見をするからだ」
 ダブルじゃなくて良かった。というか今の殿下のパートナーは咲夜じゃないか。くそっ。いくら自分がダミーだからって。
「謀ったな、咲夜!」
「非恋ちゃん。君は良いプレイヤーだった。だが、君のパートナーが悪いのだよ」
 咲夜は俺を無視し、非恋の方を向いて語った。
 非恋は黙って残り札を開いた。
 確かに彼は最善の手で立ち向かっていたことがわかった。
「…ごめん俺が悪かった。…六トリック目の勝負に気付いていれば…」
「坊やだからさ」
 咲夜に対し、俺は返す言葉もなかった。
 その後ゲームに熱中しつつも聞き出した情報に寄ると、穂礼が部屋に戻ってきたのが十二時頃。で、その時には既に妃華璃先輩は部屋にいたという。ちなみに穂礼のパートナーは如月先輩だったそうな。
 で、その直後に雨が降り出した。これは非恋の証言とも一致する。
「ところで、当の穂礼と妃華璃先輩は?」
「一姫ちゃんはなんとかたたき起こしたんだけど、証言が終わった途端に二度寝。妃華璃先輩は叩いても蹴ってもあえぐだけで起きなかったわ」
「お前はなんで起きていられるんだ?」(あえぐって…)
「まだまだ七十二時間よ。それぐらい連続稼働できなくて今の世の中を渡っていけると思っているの?」(あ、またスルーされた。…部長にまで)
「七十二時間…逆算すると、出発日の前日ですね」
「旅行が楽しみで前日眠れなかった小学生、ってところか」
「うん。まあまだまだ若いってことよ」
 俺たちの年齢での『若い』は褒め言葉じゃないと思うぞ。
「でも、そうなると、問題なのよね。あたしが十一時頃に森の中で妃華璃先輩を見かけた時、まだ彼女は一人だったのよ」
「何が問題なんだ?」
「部長、妃華璃先輩と会えたのは何時頃です?」
「咲夜が見たというその直後だと思う。つまり十一時すぎ。その後目的地まで行って肝試しのノルマ達成の証拠を書き残したのが十一時半少し前といったところか。勅使河原を部屋まで送ってすぐに帰った。眠かったのでな。まだ十二時前のことだ」
「うん。あたしも計算してみたけど、だいたいそのぐらいになるはずなのよね」
「枕を移動させるだけなら可能だろう? 殿下が持って帰ったと考えれば」
「なんでそんな無意味なことするのよ?」
「殿下、何故なんです?」
「云っただろう? 枕が二つあった理由については、僕は何も知らない」
「殿下の話を信用する限り、枕は殿下の知らない間に移動したことになるわ」
「そういえば、穂礼が帰ってきた時点では枕はちゃんと三つあったのか?」
「覚えてないってさ。あたしだって、寝ようと思わなかったら気付かったわ」
「それなら第二案。殿下が帰った直後に妃華璃先輩が持ってきた。添い寝でもするつもりだったのかも知れない。けど、殿下がすでに眠っていたから帰ってきた。これなら穂礼が帰ってくるまでのタイムラグに可能なんじゃないか?」
「だったらどうして枕を持って帰らなかったのよ? あたしが朝までに帰ってくるか来ないかなんて、夕べのうちは誰一人知らなかったのに」
「たしかに不思議だな」
 残り五枚の手札を見て、俺は呟いた。この勝負も、負けだ。
 
 朝食時になっても、妃華璃先輩は起きてこなかった。
「トリックよ! 何かトリックがあるに違いないわ」
 咲夜が叫んでいる。云うと思った。
「だってそう考えないと、先輩が起きてこない説明がつかないもの」
 そこへつっこむきらら。
「じゃあ咲夜、どんなトリックで先輩の寝坊の説明をつけるの?」
「朝寝坊の原因は夜更かしに決まっているわ。つまり、先輩は夕べ、部長と…」
「二人に失礼よ」
 きららがたしなめる。幸い席が離れていた殿下には聞こえなかったようだが。
「それを失礼と思う方が失礼だと思うわよ。世界中のカップルに対して」
 負けじと咲夜も言い返す。
「…なら云うけど、だったら同等に殿下も寝不足なはずだぞ。誰かさんに朝早くから起こされたにしては頭はしっかり目覚めているようだし」
 俺も会話に参戦する。
「そこはそれ、体力の個人差とか体調の良し悪しとか…」
「その話だけど、俺たち見たぞ。妃華璃先輩が殿下の小屋に向かってるとこ」
 口を挟んだのは御堂。
「十二時前だったと思う。雨が降り出す前だったし」
 品川が補う。そうか、夕べのパートナーだんたんだな。…よく考えれば消去法でそうなるか。
「じゃあ、枕の移動だけを考えるなら、その時の可能性があるわけだ…」
「それはないよ志真ちゃん」
「ん? なんでだ品川」
「だって手ぶらだったもん。妃華璃先輩」
「…。まじか?」
「うん。大マジ。で、一姫ちゃんの証言によると、十二時には先輩は戻ってきていたんだよね?」
 うーん。本人を抜いて話していても埒があかないな。ということで朝食後、妃華璃先輩について一番詳しいはずの殿下に直接聞いてみる。
「勅使河原は常時睡眠不足だよ。病気なのか体質なのかはよくわからないがね。実際遅刻の常習犯だしな。久しぶりに長く眠れているようだから、そっとしておいてやってほしい」
 将を射んと欲すれば馬を射よ。そんなわけで如月先輩に聞いてみる。
「ははは。なんか騒がしいと思ってたらそんな騒動だったのかよ。そりゃ楽しいな。誰も嘘をついていないのに謎を解けない咲夜ちゃん?」
「わかったんですか?」
「んー。それじゃあヒント。勅使河原の寝坊についてだけど、諒一郎が云ったような問題だけじゃなく、お前の云ったように勅使河原はまともに寝ていないのかも知れない。けど、それでも普通に説明ぐらいはつくぞ。寝てなかった…寝られなかった理由ならな」
「何か、気がかりなことでもあったってことですか? …雨とか」
「そうだな…、それだけじゃあないと思うが…。普通に考えれば解けそうなもんだけど」
 それだけ云うと、如月先輩は行ってしまった。
 
 午後は一応の名目上、総務部としての会議が行われた。議題は二学期に行われる文化祭と体育祭。そして今年から始まりそうな始まらなさそうな他校との交流企画…についてのはずだったが、いつの間にか『入試の際の受験番号を乱数にするな』とか『合格発表をランダムに並べるな』等といった学校事務への不満になっていたりする。まあいいさ。合宿の間の会議なんてそんなものだ。ちなみに書記は、妃華璃先輩の代理できららが務めた。
「さて、それじゃあ会議第二部へ行ってみようか!」
 議題が全部終わったと思っていたところへ、如月先輩が立ち上がる。
「聞いてないぞ、如月」
 関ヶ原総務が不備を指摘する。
「いーのいーの。どうせネタ企画だから」
「なら、良い」
「じゃ、許可も下りたところでお題だ。『夏合宿第二回はどこが良い?』」
「待て」
「駄目?」
「駄目というか…【お題】ってなんだ【お題】って。【議題】じゃないのか?」
「そこはそれ、つっこんではいけないけれどつっこんだらガンジス川の砂粒を数えるよりも深遠なる話題に辿り着いてしまうので今回はパス」
「僕もこの話題はパスしたい気分だ。一泳ぎしてきたいところだし」
「残念ながらパスは三回までです」
 …セーフじゃん。
 そんなこんなで、会議はなし崩しになった。余談だが今のコントの内容まで、しっかりきららは記録していた。余談ばっかりだけど。
 そして咲夜を初め、俺たちが枕移動の秘密の全貌を知ったは、妃華璃先輩が覚醒をしてからのことだった…。


第一章 読者への挑戦状


とりあえず、肝試し以降より枕移動発覚までの要点をまとめておく。
  1. 夜中の十時半頃、咲夜の計画した肝試しが始まり、全員が参加した。
  2. 妃華璃先輩は、部屋に戻ってきた後、雨が降り出す直前に総務の部屋まで手ぶらで一往復している。
  3. 深夜十二時に雨が降り出してから翌朝未明まで、咲夜以外に誰かが外出した形跡は無い。
  4. 誰も嘘をついてはいない。
そして、すべての問題が『咲夜たちの部屋にあるはずの枕がどうして殿下の部屋にあったのか』『妃華璃先輩は何故殿下の部屋まで往復したのか』という二点にほぼ集約してしまうことも付け加えておこう。

「…なんなのこの章題?」
「てか『第一章』って…」
「これってアレでしょ? 所謂『すべての謎は読者の前に…』って奴」
「問題『この会話は何人で為されているのか』」
「いや違うし。てかココの会話、作者もどれが誰の発言かなんて気にせずに書いてるから」
「…それで良いのか?」
 …。
 というわけで無謀なことに読者への挑戦らしい。でもすべての謎は読者の前には提示されていないらしい。まあ、そりゃそうか。提示されてたら謎なんて無いもんな。で、真相は、えーと何々…って、そんなんアリかよ!
「…アリって云うんなら即刻別れる」
 って、フラッシュバックしちまったじゃないか。結構堪えてんだぞ、あのセリフ。面と向かって『別れる』だなんて。
 まあいいや。そういうことで、解答編が気になる場合は続きを読んでくれると良い。気にならないなら読まないことをお勧めする。そうすれば、これはミステリではなくただのラブコメとなるであろうから…。
 そう。それだけのこと。


第二章 非・自信作


「…どうですか?」
 如月先輩が最後の原稿用紙をめくるのを確認し、俺は尋ねた。
「どうって云われてもなぁ…。俺はこの解答編も知っているわけだし」
「そりゃ、そうですけど…」
「とりあえず実名を出すのはまずいんじゃないか? 公表するつもりならな。ついでに俺の無人島のこともまずい。あと、素人の俺から見ても、たくさん突っ込みどころはあるぞ。まず記号を多用しすぎだ。三点リーダに感嘆符疑問符。んなもんに頼らないでもうちょっと描写力をマシにしろ。ついでに会話文だらけだ。行間でもう少しまともに人物描写したらどうだ? 秋田姉妹のポニーテールが実は腰まであるとかな」
「それは嘘です」
「小説なんて嘘書いてなんぼだよ。で、どうしてこれの真相編はまだなんだ?」
「それは…」
「まあ、書けないんだろう…? つまらないから」
 俺は、こくんと頷いた。
「…お前が敢えて描写を省きまくった理由もわかる。冷静に考えれば簡単な謎だもんな。実際、本当に気が付いていなかったのは咲夜ぐらいじゃないのか?」
「たぶん、そうでしょうね…皆して咲夜を騙して…あ、でも一つだけ――殿下が二つの枕に疑問を持たずに寝た理由だけはわかりませんでしたけど」
「まあ…、あれはある意味アンフェアだからな」
 アンフェア。殿下が足枕を使うと云うこと。如月先輩は事前にそれを知っていた。殿下も如月先輩に知られていることはわかっていた。だから何の躊躇もなく二つの枕を使った。だが…、
「咲夜に叩き起こされて枕が足りなかったと云われては、あいつとしては『知らない』が正解だもんな。静かに他人をからかうのが好きな奴だから。俺と違ってポーカーフェイスが上手いだろ?」
 総務はカードにおいてべらぼうな強さを誇る。
「それだけじゃ、なかったのかもしれませんよ?」
「どういうことだ?」
「頭を乗せるべき物に足を乗せるなんて行儀が悪い――昔、枕に座っていた時に親に怒られましたから。殿下も本当はそんなことを考えていたのかも」
「あの男にも恥じらいなんてものがあったのか。こりゃ傑作だ」
 三時。おやつの時間。目覚めた眠り姫は真相を語った。
『真夜中に諒一郎のところへ行ったかって? うん。枕を運び忘れてたから取りに行ったよ。でも、すでに眠っていたからそのまま帰ってきたわ』
『昨日の夜? だって、咲夜ちゃんがなかなか帰ってこないから心配で…。でも、雨が上がった頃には眠っちゃってたみたいだけど。あ、ごめんね。ホントはあたしが枕を使わずに寝るつもりだったんだけど、気がついたら…』
 つまらないオチだ。どうにも面白く書く自信がない。とはいえ、それを面白く描いてこそ…という気もするけれど。
「だいたい、総務の部屋から咲夜たちの部屋まで布団を運んだっていう肝心なシーンがぬけているだろうが。まあ、これを書いたら謎なんてなくなっちまうから仕方がないんだがな。だが、おかげで書かれていない登場人物を作ってしまったじゃないか」
「無人島の管理人さんたちのことですか? でもそれについては作中で如月先輩がちゃんと仄めかしていますし。船にしたって誰が運転していたって云うんです? 船中での十人の挙動はきちんと書いているのに。その辺を考えれば、先輩がああいう部屋割りを想定していたってことから、各部屋に二枚ずつ布団が用意されていたってことぐらいまで推測できそうなもんですけど」
「まあ、それについては不問にするか。チェスタトンだって『見えない男』を書いたんだし…まあ、あれとこれとを比べちゃ失礼だけどな…ついでに志真、実はそのネタも使うつもりだったんじゃないか? 残りの二日について、叙述トリック使えばありもしない謎ぐらいなら作れそうだし」
「だから、それじゃ嘘になっちゃうんですってば。ノンフィクションミステリとして書いたのに」
「そうか…。だが、おかげで人物描写がちぐはぐになっているな」
 実際の人間の行動様式なんてころころと変わる。短いスパンで、しかも俺のレベルの描写力では嘘くさくなってしまう。やっぱりリアリズムよりリアリティを重視すべきなのか。
「おかげで俺がギャグキャラクタみたいになってるじゃないか!」
 夕日の映える教室。俺は先輩から逃げ出した。
 総務部の内部でこっそり二人で立ち上げた『文芸部』。俺の処女作は案の定さんざんだった。
 だが、仕方がない。書けない真相を俺は知ってしまったのだから。それも、きらら経由で。
「本当はね、妃華璃先輩、枕が足りないのに気付いた時点で添い寝するつもりになっていたんだって」
「へえ…でも、寝ていたから帰ってきたってわけか」
「それなんだけど、普通に隣で寝てれば良いのにね。って思ったの。でも、妃華璃先輩ったらなんて云ったと思う?」
 その後に続いたセリフを、俺は忘れないだろう。
『私はね、諒一郎の手枕(たまくら)で眠りたかったの』
 これは…ちょっと如月先輩に見せるのには問題があるな。
 ついでに女の噂の恐ろしさを実感した。たぶん。作中で誤魔化したエピソード1云々も、きららの口から飛び火しているのだろう。
 そして考えたくないことだが、それが休み明けには咲夜経由で高校中にばらまかれていても…ていうか、ばらまかれているんだろうなぁ。
 俺は憂鬱になった。少し…ほんの少しだけだが。
 なにしろ夏休みは始まったばかりなのだ。
 夏バテするには、まだ、早い。
――了――


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