「Romping Birdhouse (3)」
いづみ


 第三章  ― She is, she loved you!


 その若い男は階段を下りたところであくびを一つした。
 頭上の石壁に穿たれた窓兼通気口から低い角度の弱い光が差し込んでいる。光線に照らされるのは埃と淀みをはらんだ空気。
 目覚め始めた街の喧騒がまるで遠くからのようにかすかに聞こえる。
「…やれやれ、あのバカはまた遅刻か。勘弁してくれよ。」
 振り返った拍子に、握った鍵の束が揺れてガチャガチャと鈍い音を響かせた。

 ―早朝。
 連続殺人事件の最重要参考人、恐らくは犯人であろう人物が捕まって一日が経っていた。
 彼の身柄は自警団の牢にて確保されている。もちろん夜間も見張りは必要だと考えられていたが、彼の態度が非常に大人しいものであったために通常以上の増員がされることはなかった。故に夜間の見回りを行う人員も二人きりであり、夜明けから交代する人員も二人きりであった。
 だが。今、彼は一人で地下への狭い階段を下っていた。
 本来なら二人揃ってでないと交代はできないのだが、彼の相方はよく遅刻をしていた。妻が起こしてくれなかったなどと毎回似たような言い訳をしていたがそんなことは関係ないと彼は思っている。結局のところは自己責任だし、そもそも彼自身は一人身なのだから。
 そういうわけで彼はいつものように一人で先に交代しようとしていた。あまり遅くなると前任の二人から恨みがましい目を向けられる。
 地下への階段は長くない。のんびりと歩いていてもあっという間に扉の前まで着いた。
 彼はまだ少し眠気の残る頭を軽く振って、鍵の一つを選び出すと無造作に鍵穴に差し込んで手を捻った。
 だが鍵は回らなかった。
「?」
 改めてもう一度捻る。…回らない。
 確認のために取り出して鍵を見直す。間違いない、いつもの牢入り口の鍵だ。
 再度差し込み、手を捻る。それでも回らない。
 不思議に思いつい反対側に手を捻ったその時、初めて手ごたえと共にノブの内部でがちゃりと鍵の装置が動く音が聞こえた。
「…あれ?」
 寝ぼけて回転方向を勘違いしたのか?
 首を傾げつつも鍵を抜いたノブを捻って扉を開こうとする。…だが、今度は扉が開かなかった。
「―おい、ちょっと待てよ!」
 彼は慌てて鍵を探るともう一度穴に差し込んで回転させた。装置の動く手ごたえと音がする。
 そして鍵を抜いて、ノブを回すと…扉はあっさりと動いた。
 彼は一瞬手を止めた。
 何があったのか?鍵を動かしたのは二回。そして今、扉はちゃんと開いている。
 ―つまり最初から鍵は開いていたことになる。
 その事実に気づいた彼は顔色を変えた。急いで扉を押し開ける。
 古い蝶番がきしむ音が高く細く響き渡る。
 暗闇に閉ざされた空間に、空からの光が直線となって差し込んでくる。
 全てが露わとなる。

「―う、うわぁぁぁっ!」
 彼の絶叫が地下牢にこだました。


 振り向いてはいけない。
 早く、早く逃げなければ。
 どれくらい走ったのか。もう足の感覚はなくなり、腫れた舌は水分を失いひどく熱い。自分の呼吸する荒い息がはっきりと聞こえる。
 視界は不自然なほどにぼんやりとかすんでいた。ここはどこなのか、明るいのか暗いのかも定かではない。
 分かることはただ一つ。自分を追うあの影。
「……イ…。」
 どこまで逃げても後ろにいる、何か。
 体が強張り背中に鳥肌が立つ。悪寒、いやそれよりももっとおぞましいものの気配。
 逃れなければ。走らなければ。
「…レ………。」
 耳に届いてくるかすかな呼び声。聞いてはならない、聞こえるはずのないはずの声。
 理由も目的も分からない、だけど本能が警告する。あれに捕まってはならない。自分を追い続けるあの影。
 赤。そう、あの影は赤を身に纏わせていた。艶めいた輝きをもつ濡れた赤。
 潰れた塊。気が遠のくほどの濃厚な匂い。粘りつく残骸。
「……レ……い…。」
 耳をふさいでも、目を閉じても逃れられない存在。
 声が近づいてくる。執拗に、どこまでも限りなく自分を追い続ける声。
 足が痛い。頭が痛い。吐き気がする。冷たい汗が背を伝う。
「…レイ……。」
 逃げてるのに、必死で逃げてるのに。
 あれは、見るも恐ろしいあれはこの通廊をどこまでも追いかけてくる。
 もう前すら見えない。白い光ににじんだ闇。
 あの空間を通り抜ければ…。
「レイ。」
 その瞬間不意に強く肩を掴まれた。
 恐怖と共に振り返った時に見えたのは、血に濡れた赤い―。

「―レイっ!」
「きゃああっ!」
 そう叫んで跳ね起きたレイは、黄色の瞳を見開いて虚空を見つめた。
 呼吸が落ち着くと同時に視界がはっきりしてくる。
 目の前には、白い壁があった。
「…あれ?」
「あれ、じゃないよ…。」
 再び聞こえてきた声にレイは振り返った。
 そこには、困った顔で自分を見下ろしている寮の同室者の姿があった。
「…あ、おはよう。もう朝?」
「一応。」
 呆れたように答える彼女の声。
 ふと周りを見れば室内は朝の明るい光に照らされ、遠くから鳥の鳴き声も聞こえてくる。
「ああ、そうなんだ…。」
 レイはほっとして呟いた。
 つまり、さっきまでの逃亡劇は全て夢だということだった。思い出すのも寒気がする。全身血に濡れた、ばらばらの肉片を無理やり繋ぎ直したような怪物に追いかけられる悪夢。今までの仕事と昨日の酒のせいでこんな怖い夢を見たに違いない。
 そこまで思考がまとまったところで、ふとレイは顔を上げた。
「…で、どうして私を起こしたの?」
「ああそう。」
 同室の彼女は一拍おいて思い出したかのようにぽんと手を打った。
「ブーフェットさんが呼んでたよ。急いで第三礼拝堂まで来てほしいって。」
「サークが?」
 起こされた、ということはたぶんまだ鐘も鳴っておらずいつもの起床時間前ということだ。そんな時間に急いで呼び出すとはいったいどうしたわけだろうか。
 それでもサークがわざわざ朝から呼び出すからにはそうとう重大なことがあったに違いない、そう思いレイはしぶしぶベッドから起き上がった。
 まだ重い頭を軽く振って、クローゼットの扉を開けてから背中越しに尋ねる。
「用事は何なの?」
「さあ…よく分からないけれど、容疑者の死体が見つかったとか言っていたよ。」
「死体?」
 反射的に聞き返してから考え直した。
 死体。つい先日まで何度も見る羽目になった。恐ろしい連続殺人事件の被害者の女性たち。だけどとりあえず怪しい人物を昨日捕まえたわけで…。
 …その容疑者の死体?
「―ってどういうこと!」
 レイは慌てて振り返りサークから話を聞いた相手に詰め寄った。
「え、知らないよ…代理の人はそれしか言わなかったし…。」
 だが彼女は困った顔を見せて首を振るばかりだ。
 我に返ったレイは慌てて一歩下がった。
「あ、ごめん。とりあえず急いでサークのところに行ってみるよ。」
 そう言いながら急いで服を取り出して手を通す。
 また一拍遅れて返事がきた。
「うん。その方がいいと思う。何か大変そうだけど、がんばってね。」
「ありがと。」
 あっという間に着替えを終えたレイは、軽く髪を整えると机の脇に立ててある杖と鞄を手にして扉に向かった。
「じゃ、行ってくるね。」
「気をつけてね。」
 靴を履き終えたところでふと思い出し、ついでに彼女にもう一声だけかけた。
「まだ忙しいかもしれないから今日の部屋の掃除をよろしくね!」
「…え、でももう三回連続で…。」
 ―バタン。
 相手の返事も聞かずに後ろ手で扉を閉めると、レイは全速力で駆け出した。


「目撃報告はまだ集まらないのか!」
「すいません、誰かあと二人こちらに来てくださいっ!」
「地図をこちらにも貸してくれ!」
「死体の観察報告が届きましたっ!」
 第三礼拝堂は異常なほどの喧騒に包まれていた。
 忙しく立ち働く神官と自警団員の声が交錯する。更には走り回る足音と無数の紙をめくる音がそれに加わって騒ぎを増していた。
 入り口の大扉は完全に開放されてひっきりなしに人が出入りしている。通常の長椅子も部屋の片隅に寄せられて運び込まれた幾つもの大型机が並んでいる。
 その一角、新たに設置された長テーブルの中央でサークは積まれた大量の書類に目を走らせていた。
 周りには他にも手伝いとして同じく書類を見たり話をまとめたりしているリィナやヴィルの姿もある。
 そんな中に、また新しい人影がこの室内へ飛び込んできた。
「―サークっ、遅くなってごめん!」
 駆け込んできた相手の声に気づき、それまで書類を見ていたサークは顔を上げた。
 目の前に呼吸も荒く立つ小柄な姿。
「レイか。…話は聞いたか?」
 やってきたのは身支度を整えたレイだった。寝起きらしく一房の髪が跳ねている。
 サークの言葉に彼女は首を小さく左右に振った後、この部屋の入り口の方を振り返った。
「詳しくは聞いてないけど…『連続殺人事件対策本部』って、どういうこと!」
「見ての通りだ。ついさっきこちらに報告が届いた…あの男、容疑者だった男が殺されたんだ。」
「そんな!」
 一声叫び、絶句するレイ。
 その彼女に対しサークは急いで説明した。

 今朝早く。自警団の詰所地下にある牢の見張りを交代するため、一人の自警団員が牢に向かった。
 この交代は通常は二人一組で行うものだが、彼は少し遅刻したために相方が先に地下に入っていた。ただしこれはいつものことなので自警団の方でも半ば黙認状態にあった。
 …だが、この日はそろそろ上がっているはずの前任者がまだ戻っていないようだった。彼らが返却すべき鍵束がまだ所定の場所に収められてなかったからだ。
 彼は首を捻りながらも地下に向かった。
 そして、そこで見たのは…地下牢入り口の扉の前で横たわる、血まみれの相方の姿だった。
 彼は大慌てで他の自警団員を呼びに走った。
 訴えに驚き下りてきた団員たちもその状況を一目見て驚いた。急いでこの倒れた見張りの体を抱き起こす。
 幸い、この男性は単に気絶していただけだった。だが意識を取り戻した男性は錯乱状態にあり、ひどく怯えきって正気を失っていた。またその体はあちこち血に濡れているが彼自身には外傷もなかった。
 そこまで判明したところで、ようやく団員らは地下牢への扉へと目を戻した。
 扉に鍵はかかっていなかった。
 警戒の中で開かれた扉。その内側で彼らが目撃したのは―今度は本当に死んで横たわる、二人の前任者の姿だった。
 全身を何か鋭い刃物のようなものでずたずたに裂かれた死体。その体から流れ出した血が、辺りの床を赤く染めていた。
 自警団員はすぐに装備を整えて地下室へと入った。
 中もまた無残な有様だった。牢に入っていた他の犯罪者までもが、牢の中にいながら殺されていた。見張り同様に全身を切り裂かれて。
 そしてその最奥で見つかったもの。
 それは、かつてビライン・アファイルであったもの―全身を引き裂かれ、焼かれ、砕かれ、潰され、もはやほとんど判別不能となった肉体の残骸だった。
 だがそれがビラインであることは疑いようがなかった。
 なぜなら、恐怖の表情を凍りつかせた首だけは血に汚れながらも傷一つなく残されていたのだから。

「…恐らくこの犯行も連続殺人事件の犯人によるものだろう。」
「じゃあ、事件は…。」
「もちろんまだ終わっていない。いや、そもそも彼は犯人ではなかったのだからな。」
 サークはそう締めくくると、話の間に更に置かれた資料に手を伸ばした。
 レイは呆然と立ち尽くしていたが、すぐに我に返ると再びサークに言った。
「じゃあ私も仕事に入らなきゃ!今のこの状況とか、できたらもう少し説明してくれない?」
 その言葉にサークは資料に目を落としたままの姿勢で答えた。
「見ての通りだ…今は、犯人の情報をとにかく集めているところだ。」
 事件の報告が神殿に届けられたのはやはり今朝、自警団員が死体を見つけてすぐ後だ。
 外部の協力要請を受けた神官は、その担当としてサークを指定した。
 これは何の理由もなくしてではない。昨日、この事件の一環としてレイに集められて派遣された神官らを実質的に統率したのがサークだったからだ。
 サークは捜査班のリーダーを務めるアッセルトと相談し、すぐに行動に移った。
 アッセルトは現場での情報収集を統括する。そしてサークはここ神殿で捜査本部を統括し犯人の行方が分かったら速やかに追跡に入る。
 その割り当てに従って、今は犯人の情報…主に早朝の自警団詰所付近で見られた人影などについての情報を集めているところだった。
 サークは同時に神殿内の人手も集めておいた。自警団員だけでは聞き込みの人手が足りない、あるいは万が一犯人と戦闘になったとき団員らの身をなるべく守れるように何人かの神官を現場に派遣した。同時に今まで事件に付き合ってもらっていたヴィルやリィナにもここで情報の整理を手伝ってもらい、もし犯人が見つかったら状況によっては彼女らにも来てもらう。
 無論こうやって呼び出したレイもその中に含まれている。―そして、聖騎士として優れた力を持つブラッドにも密かに加わってもらっていた。
「もう建前がどうなどと言っていられない。あいつの力も使わせてもらうしかないだろう。」
「分かったわ。…じゃあとりあえずヴィルたちの手伝いに入るから。犯人の行方が判明したらちゃんと教えてよ。」
 次々に運ばれる資料を全て読みながら話したサークにレイはきっぱりと言った。だがサークは厳しい表情のまま短く告げた。
「状況次第だ。場合によっては、高位の神官らの協力を要請することになるかもしれない。」
「…仕方ないか。」
 レイが答えて机を離れようとしたその時。

「―その話は本当かっ!」
 その場の誰よりも大きな声が辺りに響き渡った。

 突然の大声に辺りが一瞬静かになる。
 だが、その中心に立つ人物はそれを全く意に介することなく相手に尋ねていた。
 聞かれて戸惑いを見せているのは見慣れない神官だ。そして、その前で声を上げていたのは―ブラッドだった。
「は、はい…。」
 神官の女性はうなづくと、小声でブラッドに答えたようだった。
 辺りの自警団員や神官らの大半はもう自分の仕事に戻っている。その声や音に紛れて女性の言葉は聞こえなかった。
 だが、様子を見ていたサークは気づいた。話を聞くブラッドの表情がいつになく険しいものであることに。
 そして女性から話を一通り聞き終わるや否や、ブラッドはすぐさま踵を返すと部屋の片隅に置かれた自分の荷物を手にした。装備を身に着けると同時にその場でまた叫ぶ。
「―サークっ、オレは先に急いで行く!半時ほどおいてから来てくれ!」
「なっ!」
 また突然の言葉だった。
「じゃあ後は任せたからな!」
 サークは話を聞こうと席を立ったが、それよりも先にブラッドが扉から駆け出していた。その姿が見えなくなる。
 判断する間は一瞬しかなかった。
「―リィナ!」
「は、はい!」
 驚いている声が返ってくる。
「お前はブラッドを追ってくれ!俺はここの整理をつけてから何とか合流する。」
「え、ですが…」
「急げっ!」
 有無を言わせない強いサークの口調に、リィナは驚きの表情のままうなづくと荷物を手に席を立った。すぐさま後を追って扉を抜けようとする。
「ちょ、ちょっと待ってリィナ!」
 だがそこで呼び止めるもう一つの声が上がった。
 駆け出そうとした出鼻をくじかれて険しい顔でリィナが振り返る。
「何ですか、せんぱい!」
 その視線の先にはヴィルがいた。
 しかしヴィルはリィナの方を見てはおらず、自分の鞄に納められた荷物を床に全部ひっくり返して何かを探していた。
「―あった、これだ。」
 次の瞬間ヴィルは入り口のリィナに向かって何かを放り投げた。
「えっ。」
 戸惑いながらも何とか受け取るリィナ。
 手に落ちたのは、一つの宝石だった。同時にヴィルの声が響く。
「それを持ってなさい!絶対に落としたりしないでよっ!」
「どういう…」
「そんなことどうでもいいから早く行きなさい!ブラッドを見失わないうちに!」
「あ、はい!」
 この宝石の意味を尋ねようとしたリィナだったが、真剣な目で彼女を見るヴィルの言葉にうなづくと急いで走り出した。
 足音が遠ざかっていく。
 そして、再び元の喧騒に戻った。

「…ヴィル、あれは?」
 だが、サークは元の仕事に戻る前にまずヴィルに話しかけた。
 散らかした荷物を片づけ始めていたヴィルは顔を上げた。一瞬驚いた顔をしていたが、次の瞬間その唇がにやりと笑う。
「こんなこともあろうかと。」
「は?」
「こんなこともあろうかと用意しておいた試作品よ!その名も、『ストーカー君β1.02』!」
 サークは一瞬だけ絶句したようだったが、冷静さを失うことはなくすぐに尋ねた。
「それが何か説明しろ。簡潔に。」
「分かってるわよ。…要するに追尾システム。あの宝石を持ってる人の居場所を追跡することができるの。」
「…ほう。」
「試作の途中でまだ出力が弱いのが欠点だけど、この街近辺ぐらいならどうにかカバーできるわ。これならすぐにリィナを探せると思う。」
「なるほど。」
 サークは一つうなづくと、じっとヴィルを見下ろした後改めて口を開いた。
「助かった。感謝する。…しかし何でそんなものがここにあるんだ。」
「だから言ったでしょ、こんなこともあろうかと、って。」
「こんなこととはどんなことだ。」
 鋭いサークの言葉。
 ヴィルは一瞬硬直すると、視線を逸らして答えた。
「…リィナとブラッドが二人っきりでどこかに出かけようとした時。」
「お前は―!」
 すかさず言葉を返そうとしたサークだったが、それは別の声とより大きな音に遮られた。
「―そんなことより!いったい、何があったのよ。ブラッドたちが血相変えて出てった理由を聞かないと!」
 強く机を叩いて言ったのは、二人の側に立つレイだった。
 一瞬の空白の後、サークがうなづきを返した。
「そうだな。まず、あいつが何を聞いたのかあの女性に話を聞いてみなくては。」
 極めて冷静な声で言った彼が振り向いた先には、戸惑いの表情でこちらを見つめている女性神官の姿があった。

「じゅ、準三位巫女のエレイン・ゼフィランスです。」
 名前を尋ねたところ、その女性はこう答えた。
 胸に光るのは言葉の通りライセラヴィの準三位巫女の身分を示す装飾だ。穏やかな表情と少し不安を宿してかの白い肌。
 サークとヴィルとレイの三人に囲まれて戸惑う彼女に対し、サークはごくあっさりと言った。
「俺は準二位僧のサーク・ブーフェットだ。そして今はこの事件対策本部を統括している。早速で悪いが、さっきの話をもう一度聞かせてくれないか?」
「話って…?」
「ブラッド…あの赤髪の男に話した内容をもう一度説明してくれればいい。」
 その言葉にエレインはうなづいたが、再び困った表情を見せた。
「ですが、私が聞いてきた話はほんの少しなんですが…。」
「それでも構わない。とりあえず全部聞かせてくれ。」
「は、はい。」
 落ち着いていながらも真剣な目で問いかけるサーク。エレインは何とか返事をすると、聞かれた内容を復唱した。
「―早朝、自警団の詰所から出てくる女性がいたそうです。その人は赤い壷を持っていました。」
「壷?」
「はい。それから、先ほどの方はその壷の外観を聞いてきましたが…そこまでは詳しく聞いてません。何でも蓋付きの、台所にあるようなものだったそうですが。」
「蓋付きの壷…そうか、協力を感謝する。」
 サークは短く礼を述べると、後は女性に目を向けることもなく机に戻った。
「あ、ありがとうございました。」
 慌ててそれを補うかのようにヴィルは補足し、エレインに対して軽く頭を下げた。
 一方のレイはサークの後を追って声をかけた。
「サーク、どういうこと?」
 だがサークは机に広げられた資料の幾つかを手にして見つめたまま、彼女の言葉には答えず一人呟いた。
「…壷。あいつが探していたのは魔道具、それにあの封印の箱。牢の中の死体……まさか。」
 次の瞬間、サークは振り返ると戸惑うレイとヴィルに対して言った。
「二人ともちょっと来てくれ、大至急調べたいものがある。」


「先輩、待って下さい!」
 街中で突然聞こえてきた声にブラッドは振り返った。人が行き交う朝の通りをさっと見回す。
 リィナが、息を切らして立っていた。
 ブラッドはそれまで話していた相手に短く礼を述べると彼女の元に歩み寄った。
「…どうしたんだ、こんなところまで。」
「先輩を、追ってきたに、決まってるじゃないですか!」
 ブラッドの問いかけに返ってきたのは、息を切らしながらの言葉だった。
「どういう…?」
 再び尋ねようとしたところでブラッドは気づいた。
 リィナの手に握られている長杖。それから、神殿を飛び出してきた時に背後からかすかに聞こえた声。
「…もしかして、サークの奴に言われてオレを追っかけてきたのか。」
「はい。」
 即答が返ってきた。
 その言葉にブラッドは一瞬考え込んだ後、はっきりと困った顔を見せた。
「悪いが戻ってくれ。」
「え?」
 リィナが驚きの顔を見せる。それに構わずブラッドは続けた。
「お前の面倒まで見てる余裕がないんだ。…サークの奴は何考えてんだよ。」
 そっけない口調の中に苛立ちも混じっている。そのことに気づかなかったわけではなかったが、リィナはきっぱりと答えた。
「いいえ。サーク先輩についていけって言われた以上は帰りません。」
「だから!そのサークの言葉が間違ってるんだよ!」
 言い返すブラッドの言葉が日頃の彼らしからぬ荒さを見せる。
 だが、リィナはそれに怯みも動揺もせず強気の姿勢で更なる言葉を返した。
「何で間違ってるって言えるんですか。」
「……。」
「答えて下さい。そうじゃなきゃついていきます。」
 逃げを決して許そうとしないリィナの口調に黙り込むブラッド。
 次の瞬間、彼は大きくため息をつくと一気に早口でまくしたてた。
「ああ分かったよ!本当はオレは聖騎士団の仕事でこっちに来たんだ。んでさっき事件の捜査中にたまたまこっちの仕事の話を聞いたから慌てて出てきたんだ、だからお前は戻った方がいいって言ってるんだよ。」
「―嘘ですね。」
「うっ?」
 リィナの言葉は一瞬だった。
 思わず詰まるブラッドに対して冷静そのものの口調で切り返す。
「だったらサーク先輩に後で来いだなんて言うわけがないじゃないですか。聞いたのはこの事件の話なんでしょ?」
「それは…。」
「それに、今のだってとっさに思いついた言い訳みたいだし。正直に話してくれなきゃ絶対に帰りません。」
 低い背ながら堂々と立って自分を見上げてくるリィナの姿。白銀の瞳が真っ向からブラッドを見つめている。
 ブラッドは舌打ちをした後、更にもう少しだけ考えてから答えた。
「…分かったよ、じゃあ理由を教えたら帰ってくれるな。」
「そんなの理由次第です。」
「…。」
 どこまでもきっぱりとしたリィナの言葉にブラッドはまた黙り込んだ後、呟いた。
「お前、ほんとにサークの後輩だな。その上げ足取りといい容赦のないツッコミといい。」
「はぐらかさないで下さい。」
「……。」
 次の瞬間、とうとう諦めたかのように息を吐いた。
「…分かった。とりあえずもう時間がない、詳しいことは後で移動しながら説明するから情報収集を手伝ってくれ。」
 思いがけないほどにあっさりとした態度の急変に、リィナは目を丸くして、そしてうなづいた。
「!―誰に何を聞けばいいんですか?」
「この辺りの誰でもいいから、明け方頃に壷を持った女を見なかったか、そしてそいつがどっちに言ったかを聞いてみてくれ。」
「はい。…その人を追うんですか?」
「まあそうだ。」
 リィナは再びうなづいたが、そのまま立ち止まっていた。
「…どうした?」
 その様子を不審に思ったブラッドが問いかけると、リィナは再度顔を上げて尋ね返した。
「―つまりその女性が、この事件の本当の犯人なんですか。」
 当然の結論ではある。事件の犯人を捜してる最中に後から来てくれと飛び出して一人の人物を探すというのは、その相手がまさに犯人であること以外の何物でもないだろう。
 解せないのは、何故自分だけ先に出ようとしたか。そしてもう一つ―死体を引きちぎるなどといったことが本当に女性の手で行われたのか。
 口には出していないもののその程度の疑問はブラッドにも想像がついた。しかし彼は、後者の疑問にだけ答えた。
「一応はな。…正確には、女性とその壷が犯人だが。」
「壷?」
 思わぬ言葉にリィナが聞き返す。
 その問いに対し、ブラッドはただ一言こう答えた。
「そもそもあの壷が全ての元凶なんだよ、この事件のな。」


 一方。サークらもまた、調べ物に入っていた。
「…って来たはいいけど何を調べればいいわけ?」
 サーク、ヴィル、レイの三人は図書室へと移動した。
 辺りには静かな閲覧者がちらほらと見られ、目の前には神殿がこれまで集めてきた無数の本が並んでいる。
 そしてヴィルの問いに対してサークはたった一言を口にした。
「壷だ。」
 女性二人の目が丸くなる。
「…壷?」
「時間がない。…そうだな、使役型の魔物類の再封印の方法や制御などを調べるしかないだろう。」
 聞き返したヴィルにサークがそっけなく答えた。
「ちょっと、それってどういうこと?」
「恐らく実体を有する種類だ。それから使役が簡易なもの。ただ壷を媒介とするからには相当の力があるとも考えられるな…。」
「そうじゃなくて。」
「説明はできない。急いで作業に入ろう。」
 ヴィルの疑問に対し、サークは返答を拒否するかのように簡潔な説明だけをしてさっさと作業に入ろうとした。当然ヴィルは食ってかかる。
「待ってよ!せめてもう少し詳しく教えてくれてもいいでしょ。」
「理由はわけあって話せないし話さなくても作業に影響はない。」
「そんなの納得できないわよ!」
「我慢しろ。急がねばリィナが危ないかもしれないんだぞ。」
「…う。」
 サークの言葉は相変わらずそっけないものだったがさすがに最後の言葉は見過ごせなかったらしい。ヴィルはしぶしぶうなづくと本棚へと歩いた。
 が、その前で立ち止まり振り返った。
「だから何を調べればいいのよ。」
「言っただろ、使役型の魔物の封印方法だ。」
「そんなの対象が広すぎる!」
 つい大きな声で言い返した瞬間、辺りの目線が彼女の元に集まった。
「もう少し声を抑えろ。」
「うう…。」
 ばつが悪そうな顔をしてヴィルが片手を口に当てる。
「だいたいそれもさっき話したはずだ。…分かった、もう一度詳しく話す。」
 サークはそう答えながら、さっさと自分が調べるべき本の元に歩き選び始めた。
「対象についてはある程度の限定はある。」
「限定?」
「そうだ。一つ目が、死体の状況。確か今までの死体の中には手か何かで引きちぎられたようなものがあったそうだな。」
「うん。…思い出すだけで気持ち悪くなるけどね。」
 それまではヴィルに言葉を取られて黙っていたレイが答えた。言葉の通り、本当に気分が悪くなったかのような顔色を見せている。
 サークはそれに構わず説明を続けた。
「魔法を用いた場合そうすることは難しい。そうした死体は複数あったそうだし単純に実体で行ったと考えるのが一番自然だろう。」
 その言葉を聞いたものの、ヴィルは首を捻って再度尋ねた。
「地属性の魔法で腕などを造った可能性は?」
「地下牢の石はそれなりに魔法への耐性があるものを用いているはずだ。」
「それに…家の中で見つかった死体もあったから。」
 サークとレイから答えが返ってくる。ヴィルはうなづくと先を促した。
「分かった。じゃ、他には?」
「二つ目は…これは詳しい事情を話せないが、ある筋から聞いた話によるとこの壷での魔物の使役は素人でも行えるらしいということだ。」
 この言葉には小声ながら驚きの声が上がった。
「魔物の使役を素人で?」
「そんなの聞いてないっ!」
 レイの言葉には非難するような響きもある。サークは苦しい表情を見せた。
「…詳しい事情は話せないことになっているんだ。今は、俺を信用してくれとしか言えない。」
「…分かった。」
 曖昧な、言葉を濁した返答。レイは少し迷った後しぶしぶながらうなづいた。
 そこにヴィルが尋ねる。
「まあ事情があるなら今は聞かないでおくけど、その話は間違いないんだね?」
「出所はそれなりに信用できる。だから、恐らく制御の法式の種類はあまり多くないだろう。」
 答えたサークの言葉にヴィルは安堵の表情を見せた。
 が、次の瞬間レイが呟いた。
「…その分犯人を見つけたり捕まえたりするのが大変だと思う。」
「え。」
「一見普通の人が持ってたらそうそう分からないし、使役が容易ってことはその魔物が高い知性を持ってるとか操作がしやすいってことになるじゃない。」
「…そうか。」
 ヴィルはがくりとうなだれた。
「三つ目はそれに付け加えるようなものだな。魔物の依代に壷を用いていることだ。」
 そこにもう一つサークが続けたが、あいにくこれもまた明るい内容ではなかった。
「…携帯性がまあそれなりにあるにもかかわらず、依代としてはかなり大きい。つまりそれだけの大きさがないと封じられないほどに厄介な相手だという可能性もありえる。」
「そんなあ…勘弁してほしいよ。」
「文句を言う暇があったら手を動かせ。」
「ふぁい。」
「リィナが先に行ってるんだ、ブラッドについてるから大丈夫だとは思うが…なるべく急いで合流した方がいいだろう。」
「…。」
 最後の言葉にはあえて返事をせず、ヴィルは素直に本棚の並ぶ中に入った。
「適用できそうな拘束の法式とか汎用の封印法でいいのかな。」
「任せる。ある程度揃えれば十分だろう。」
「了解。」
 うなづいて左右を見回す。
 そして、そのまま立ち止まること数瞬。
「―あーっ!」
 再び上がった大声に、辺りの目線が突き刺さった。
「…ヴィル。」
「図書室では静かにしてっていつも言ってたじゃない…。」
 二つの冷たい言葉も飛んでくる。
 ヴィルは気まずい顔で軽く頭を下げたが、次の瞬間声こそ小さいものの興奮を隠せない様子で一気にまくしたてた。
「ごめん。でも思い出したの!あたしがあの時見たアレ、ブラッドだったんだって!間違いない!」
 説明を欠いた言葉に二人が怪訝な顔をする。
「ヴィル?」
「落ち着け。お前がいつどこで何を見たのかきちんと説明しろ。」
 サークが冷静かつやや辛辣につっこみを入れる。
 だがヴィルはそれに全く構わずに、早足で本棚の前に移動すると慌てて本を物色し始めた。
「ちょっと、ヴィルってば。」
「待って。…あった、これだ!」
 呼び止めたレイを制止して探すこともう数瞬。目的の物はすぐに見つかったらしく、ヴィルは喜びの表情を見せて一冊の本を抜き出した。
 緑色の布で表面を張られた厚い大判の本が引っ張り出される。
 ヴィルはじっと見つめている二人の目も意に介することなく、無造作に本を床に下ろすと急いでページを繰った。
「確か…この本だったはず。」
「だから何が?」
 目線を合わせるかのようにレイもしゃがみこむ。
 ついでに見下ろした本の中には、色鮮やかに描かれた何かの姿が見えた。
「ブラッドが見てた本だよ!ええと、この辺りだと思ったんだけど…。」
 ヴィルはある程度適当にめくったところで、そこからは一枚一枚描かれたものを確認し始めた。
 同時にそれまで黙っていたサークが口を開いた。
「…ブラッドがここで?」
「そう。つい二日前だよ。あたしが仕事の用事で午前中にここに来た時に見かけたんだ。」
 ヴィルは相変わらず熱心に本を見ながらページをめくっていた。
「しまったな、すっかり忘れてた…まああたしはブラッドとは面識なんてほとんどなかったから、分からなくても仕方ないとは思うんだけれどね。」
 誰に言うでもない言い訳めいたことを続けて呟く。
 そのまま作業すること更に少し。二人が無言で見つめる中、その手の動きが不意に止まった。
「―あった。あたしが見たのは、このページだ。」
 ヴィルはそう言うと、本の向きを反転させてその内容を二人に示した。
 そこに描かれていたのは一つの壷と一匹の魔物の姿だった。
「これは…?」
「とりあえずそこの机まで移動しよう。」
 覗きこもうとしたレイの頭上から手が伸びて本は持ち上げられた。
 そのまま何も言わずにサークは書棚の外にある机の方に戻っていく。しゃがみこんでいた二人も慌ててその後を追った。
 手近な席を確保してサークが腰を下ろしたのに合わせ、その対面側に並んでヴィルとレイも座る。
 サークはじっと本を見下ろしながら言った。
「ヴィル。一応状況を整理しておきたい。二日前のことを聞かせてくれ。」
「はいはい。まあとりたてて話すほどのことでもないんだけどね。」
 言葉にうなづくと、ヴィルは思い返すように頭上を見上げた。
「あれは確か二日前…お昼の少し前だったと思う。あたしは仕事の調べ物でこの図書室に来たの。で、そこの本棚に行ったら立ち読みしてる人がいたの。」
「それがブラッドだったってこと?」
 レイが問い返すと、ヴィルは苦笑してうなづいた。
「そう。あの時は、誰かなんて分かんなかったけれどね。おまけに通路の間で読書にふけっていたから邪魔だったし。…まあおかげで印象深かったから覚えてるんだけれど。」
「それで?」
「あ、うん。でもあたしは仕事があったからその場をすぐに移動しちゃったのよ。だからその後のことは知らない。」
 あっさりと終わりを言ってのけるヴィル。
 それに対してサークは冷静さを崩さないまま、静かに問いかけた。
「ではこの本はどうして分かった?」
「ああ、コレか。」
 ヴィルはぽん、と手を打つと再び話し始めた。
「その時にブラッドが読んでた本だってば。」
「間違いないのか?」
「多分。だってまずブラッドが読んでた場所はあそこだったし、この表紙もその時に見たから。それにちらっとしか見てないけれど、その時ブラッドが見てたページもこれだったもん。間違いないと思う。」
 自信を持って宣言するヴィル。
 サークは片手を口元に当ててしばし考え込んだ後、うなづきを返した。
「…そうだな。多分、これで間違いないだろう。」
「ほんと?」
「ああ。ヴィルの話もあるし…壷についての話とも全て一致する。」
 レイの言葉にそう答えるとサークは机上の本を半回転させて二人に向けた。
「それは読んでみれば分かるだろう。ただ…。」
 そこでサークは珍しく言葉を切った。
 本に目を向けかけた二人だったが、その声に思わず顔を上げて彼を見つめた。
 日頃から表情の少ない顔ではある。しかし今はいつにも増して、まるで凍りついたかのように強張った顔をしていた。
「サーク?」
 レイが声をかける。
 サークはしばし視線を目の前の本に向けた後、二人に向き直った。
「とにかくそのページを読んでみてくれ。それで分かるだろう。」
「…分かった。」
 彼らしからぬ曖昧な物言いに不安の念を抱きつつも、ヴィルとレイは目の前の本に再び目を落とした。

 図は全部で三つ。
 一つは壷だ。それはどこにでもあるような目立たない壷だったが、おかしなことに、まるで実在する本物をそのまま映したかのように極めて精緻に描写がなされていた。やや古びたものらしく茶色の上薬の艶が褪せているのまでが何とかではあるが見て取れるほどだ。しかしその他に目立つのは一部に掘り込まれた装飾ぐらいだった。文様らしきものが描かれているのが分かるが、その内容まではさすがに読み取れそうにはない。
 二つ目は魔物らしき姿だった。先ほどの絵とは作者が違うのかこちらはやや不明瞭に描かれている。黒ずんだ筋肉質らしき上半身と赤く輝く瞳。だが、その下半身は煙に溶け込んだかのように消えていた。
 最後の三つ目は対比のためのものだった。壷をもった人型が描かれている。これによると壷の大きさはごく小ぶりなもののようだ。片手でも十分抱えられるだろう。しかしこれもまた奇妙なことに、先ほど描かれていた魔物の姿はなかった。他のページを見た限りでは通常なら記載された魔物の大きさも記されているはずなのだが。
 それらの下部に簡単な説明らしき文章があった。
 ヴィルは黙読をした。
『壷の魔人(特殊)
 ―種族不明。現在確認されているものはこの一体きり。
  下B級魔物が壷に封じられており、壷の所有者の命に絶対服従する。
  魔力はC級ほどに抑制。ただし肉体は封印による保存のため破壊不可能。知性・自意識は変わらず。所有者を誘惑する傾向あり。
  制御は非常に簡略化されており、蓋の開閉と通常言語で使役可能。
  魔物自身は壷と蓋に対して干渉することはできない。
  壷表面の紋様の内容は不明。恐らくは封印と制御のためのものと考えられる。
  この魔道具が製作されたのは降魔戦争期と推測される。(紋様と類似の図式は同時期の遺物に見られる)
  なお現在はリーヴェランス大神殿の保管庫に収められている。
                        →詳細:254P』


 何とか情報を集めた結果、探す女性は街の門を出て北東の森へと向かったことが分かった。
 最後に彼女を見たのは門番であり、その女性は街道に出てすぐに道を外れて森の奥へと入っていったという。
 そして案内された場所―すなわち女性が森へと姿を消した場所へと、二人はたどり着いた。
 目の前にはガーテの街以上の古さをもつと思われる大木が並んでそびえている。茂った葉に覆われて光の通らない森は、朝であっても未だ暗い。
 門番は二人を案内してすぐに持ち場に戻り、後には二人だけが残された。
「―この先にアレがあるのか。」
 奥深い森を見つめてブラッドは呟いた。
「そうだと思います。」
 隣でリィナもうなづく。
 そして彼女は振り返り、ブラッドを見上げて言った。
「さあ、行きましょう先輩。」
 手にした杖をしっかりと握ってリィナは呼びかけた。
 しかしブラッドはその場から動こうとしない。
「…?」
 その様子にリィナが首を傾げる。
 待つこと数拍、ブラッドも振り返った。
 だが彼は一言こう言った。
「手伝いありがとうなリィナ。お前はここで帰れ。」
 まるでそれが当然であるかのように堂々とした、後ろめたさも遠慮も全くない物言い。
 その言葉を聞いたリィナは一瞬まるでその意味を理解できなかったかのように凍りついたが、次の瞬間声を上げた。
「―何でですか!」
 半ば怒りを交えての言葉。
 しかしブラッドはそれから逃げることなく、きっちりと彼女に向かって再度答えた。
「聖騎士の名において命じる。お前は帰るんだ。」
 威圧的な命令にリィナが息を呑む。が、それでも彼女は負けじと言い返した。
「その命には従えません。」
「帰れ。」
「帰りません。」
「帰れって言ってるんだ!」
「嫌です!」
「上位神官の命に従わないつもりか!」
「絶対に帰りません!」
 険しい言葉のやり取りが続いたが双方全く引く様子を見せなかった。
 やがて、説得材料を使い果たしたのか互いに黙っての睨み合いに移行する。
 しばらく見つめ合った後、頭を下げたのは何とブラッドの方だった。
「…頼む、帰ってくれ。」
「頼まれても、ダメです。」
 それでもリィナは首を横に振った。
 ブラッドがため息をつく。
 一旦視線を外して左手で頭をかきむしった後、彼は改めてリィナを見つめて尋ねた。
「どうしてなんだ。」
「…どうしてもです。」
 そう答えたリィナの目線がかすかに揺らいだことをブラッドは見落とさなかった。
 考えてすぐに気づく。
「サークに言われたからか。」
「……。」
 リィナは口をつぐんだ。そこにブラッドは続ける。
「サークに命じられたからオレにくっついてきてるのか。」
 短い沈黙の後、リィナは答えた。
「…はい。」
 うつむくリィナ。
 しかし尚も追い討ちをかけるかのように、ブラッドは次の言葉を口に出した。
「こんな言い方はしたくないが、アイツより位の高い聖騎士の命には従わねばならないんだぞ。」
 その瞬間リィナが顔を上げた。
「今の私は、自分の高位であるサーク先輩の命に従ってます。その言葉に反してそれ以外の命に従うつもりはありません。」
「不敬の罪状で今ここで謹慎を命じることもできるんだぞ。」
「この事件さえ解決したら、それでも構いません。」
 引く様子を全く見せない。
 ブラッドは更に悩んだ挙句、再度口調を変えてこう問いかけた。
「なあ。…どうしてそこまでアイツを信じられるんだ?」
「え?」
 思わぬ言葉に、それまで一歩も引かなかったリィナの気迫が消えた。
 それを見つつもブラッドは何気ない調子で続ける。
「アイツがついていけと言ったからついてきて、オレの言うことは聞こうとしない。…何だかなあ。」
「それは…。」
 リィナは一度口ごもった。それを興味深そうにブラッドが見つめる。
 しばしの逡巡の後、再び顔を上げたリィナはただこう答えた。
「だって、サーク先輩ですから。」
「あ?」
 答えになっていない返答にブラッドが聞き返す。
 その訝しんでいる様子に対し、リィナは詰まりながらも言葉を続けた。
「あの人は…信じられます。」
「そうか?」
「はい。」
 重ねての問いかけにリィナは深くうなづいた。その表情に迷いはない。
 ブラッドはわずかに顔をしかめた。
「じゃあオレは?」
「先輩は……リーヴェランスに出てったきりろくに連絡もくれなかったような人ですから。」
 不意の問いかけにリィナは一瞬戸惑いの表情を見せたものの、すぐにそれを消してことさら冷たい口調で返事を言い切った。
 外した目線が不安定に彷徨っていたのは気まずそうに視線を逸らしたブラッドには決して見えない。
「月に一度かそこらできちんと手紙を送っているだろう。」
「めんどくさがってか便箋三枚にも満たないような短い手紙だけじゃないですか。」
「三枚も書けるか。」
「書けますよ。」
「…。」
 返ってきた即答にブラッドは次の台詞を失った。その隙にリィナが言葉を重ねる。
「とにかく。私はついていきます。それに言われた通り仕事も手伝ったんですから詳しいことも聞かせてもらいます。」
 胸を張って、そう宣言した。
 ブラッドが沈黙して視線を外す。リィナは一歩も引くことなくただ真っ直ぐにその顔を見つめる。
 だが、振り返ったブラッドの表情が真剣なものに変わったのに気づいた時、リィナのこの虚勢を張った強気な態度が少し揺らいだ。
 自分を値踏みするかのように低い声音で問いかけられる。
「…自分の身は自分で守れるか。」
 それはつい昨日、男の家へと突入する前に彼が見せたもの―それ以上。
 無意識のうちにリィナは手にした杖と預かった宝石を握りしめていた。
「はい。」
「今回ばかりは助けてやれない。お前の様子まで見ていられるほどの余裕はないんだ。」
「はい。」
「下手をしたら、それこそ本当に死ぬかもしれない。その覚悟はあるか?」
「…はい。」
 全ての言葉にリィナはうなづいた。
「…本当に、生きるか死ぬかの瀬戸際の恐怖を分かって言ってるか?」
「わ…私は確かに、先輩のようには危険な任務にはついてませんでした。でも、神殿でその重さは学びました。」
 つっかえながらではあるが、だからこそ余計にその真摯な思いが表れた言葉。
 それを聞いてブラッドは最後にもう一度だけ問うた。
「悪いことは言わない。大人しくここでサークを待っていてくれないか。」
「いいえ。先輩についていきます。」
 その言葉に対しても、リィナは真っ直ぐな姿勢を曲げずに答えを返した。
 露わになった双方の意思の狭間に、一瞬空白が生まれる。
 次の瞬間ブラッドは唐突に困った顔を彼女に向けて照れ隠しのように頭を掻いた。
「あー、慌てての約束なんかするもんじゃないな。」
 愚痴めいた言葉に、リィナもほっとした顔をして合わせた返事をした。
「聖騎士様が嘘をついたりしたら騎士団に言いつけますよ。」
「…まさかわざわざリーヴェランスまで来るわけないだろう。」
「さあ。」
 その一言はしれっと言ってのけられた。
 思わずブラッドも苦笑する。が、次の瞬間口元は笑っていながらもその目からは笑みが消えた。
「言っちまった以上はしゃーねえ。その代わり他所には洩らすなよ。」
「秘密の話なんですか?」
「そうそう。いわゆる企業秘密ってやつだ。」
「は?」
 ブラッドの口から出た言葉にリィナが目を丸くする。
 一方のブラッドはそれに構わずおもむろにしゃがみこんだ。
 頭を落として、低い姿勢で地面をじっと見つめる。
「…先輩?」
「ちょっと待て、そこを動くなよ。」
 そう答えるとブラッドは腰を落としたままそっと歩き出した。視線は大地に固定されたままだ。
 数歩歩いたところで彼は振り返らずにリィナに言った。
「静かについてきてくれ。周囲への警戒も怠らずにな。」
「あ…はい。」
 リィナは答えると、手にした長杖を寝かせてその後ろから歩き出した。
 目の前のブラッドは鋭い目で地面を見つめている。
 リィナもその背から覗き込んだが、その地面は大地が剥き出しとなっていびつな凹凸があるきりで何かを読み取れそうにはなかった。
 思わずつい呟きが洩れる。
「先輩、もしかして足跡を追ってるんですか?」
「ああそうだ。薄くて見づらいが…もう少し奥に行けば折れた草や曲がった小木で分かりやすくなるだろう。」
「狩人(レンジャー)みたいですね。」
「まあ…聖騎士団に入って一年目にみっちりと行動の基礎を叩き込まれたからなあ。」
 ブラッドは思い返したかのようにかすかに目を細めた。
 だが、それも次のリィナの言葉が口にされるまでだった。
「どんな訓練をしたんですか?」
 その一言を耳にした瞬間、背後からでも分かるほどにブラッドの体が強張った。
「…わ、悪いがそれは秘密だ。あの密林での七日間のことはもう忘れさせてくれ…。」
「あ…分かりました。」
 ただならぬ声に何かを悟ったリィナは、それ以上の追求を避けた。
 代わりに、というよりはむしろ本題を促すために話題を変える。
「まあそれはともかくとしてです。事件の詳しい話を教えてくれるって言いましたよね、先輩。」
「…。」
「先輩?」
「ああ覚えていますとも。好奇心旺盛なお姫様のために可能な範囲でできる限りお答えいたしましょう。」
 ブラッドはそう答えると、目の前の草を押しのけてこの森の奥へと足を進めた。その真後ろからリィナもついていく。
 あいにくお互いの顔が見えないため、声に出されない真意を汲み取るのは難しそうだった。
「じゃあお願いします。」
「…どこまで話したっけなあ。」
「しらばっくれてもダメですよ。サーク先輩に後から来るように言ったことも、ここに帰ってきたのは実は聖騎士団の仕事のためだってことも、それから壷がこの事件の元凶だってことも全部覚えていますから。」
「ちょ、ちょっと待て。はっきりと聖騎士団の仕事で帰ってきたと言い切った覚えはないぞ。」
「あ、やっぱりそうだったんですね。返答をありがとうございます。」
「…ぐう。」
 文句のつけようがないほどに完全な誘導尋問…というよりは勝手にブラッドがボロを出しただけのようだが、とにかく思わぬことで秘密の一部が早々に洩れてしまったことにブラッドはため息をついた。
「なあ、そのツッコミはやっぱりサーク直伝なのか?」
「朱に交わってもぜーんぜん染まらない人もいれば、交わった途端に真っ赤になることも中にはあると思いますよ。」
「…とりあえずこの話も伏せといてくれ。」
「はい。」
 リィナは素直にうなづいた。
 考え込むかのような少しの沈黙の後、再びブラッドが口を開く。
「まあ、話せば長くなるんだがな。」
「きちんと全部話してもらいますよ。」
「はいはい。」
 どうあっても引く気のないリィナの言葉にブラッドは再度苦笑した。
「…とりあえず。とある魔道具があったと思ってくれ。」
「つまりそれが壷なんですか。」
「まあそうなんだが、背景説明が先だ。」
「…。」
 あえて無言でリィナは先を促す。
「とにかく。それはまあヤバイ代物だったんだ。で、最近になって聖騎士団がその所在をつきとめた。」
「つきとめた…ということは探してたんですか。」
「う、まあな。まあ聖騎士団の仕事は結局人々の防衛だ、危険の芽を見つけて早いうちに摘み取るのもそのうちなんだよ。」
「ふーん。」
 返ってきた言葉は半信半疑のようだったがブラッドは黙殺することにした。
「で。それがこのガーテの街にあると分かったんだ。」
「―それはいつ、どうやってですか?」
 重要な言葉にリィナが割り込む。
 だがブラッドは首を横に振った。
「そこまでは知らんぜ。オレは上司にその話を聞かされ、回収のために派遣されたんだからな。」
「…そうですか。」
 リィナの声には落胆があった。
「ガーテの街出身の人間自体あまりいなかったからな。入って二年目の若手のオレは使いやすかったんだろう。」
「でも、前の手紙ではそのことを何も…。」
「急に聞かされたんだよ。手紙の時にはまだ聞いてなかったんだ。」
「だって三週間前ですよ。」
「急げばリーヴェランスからここまで二週間で何とか移動できるぞ。」
「そう…ですね。」
 手紙の時期と移動の時間に関してはブラッドの言葉に一応間違いはなかった。だがどうもすっきりしない。
 ふと気がつけば辺りは完全に木々に囲まれていた。相当奥まで来たらしい。
「先輩、どこまで行くんですか?」
「さあな…足跡がたどれる限りは、としか言えないか。」
 短い返事の後は言葉が返ってこなかった。
 不安げなリィナの様子に、ちょっとだけ気を使ってかブラッドはもう一声かける。
「まあ帰るだけなら問題ないさ。二人分の新しい足跡をたどれば済むんだからな。」
「そうですけど…。」
 リィナは小声で呟いた。
 しばしの間の後、再び尋ねる。
「さっきの話ですけれど、ガーテの街にあること以外には分かってなかったんですか?」
「分かっていたら一泊してすぐにリーヴェランスに戻っただろうな。」
「……。」
 リィナが沈黙する。慌ててブラッドがフォローを入れる。
「いや、まあおかげで楽しい飲み会ができたからよかったんだが。」
「それはまた別問題です。」
「…。」
 今度はブラッドが沈黙した。しかしリィナは追求の手を緩めなかった。
「それにせっかく帰ってきたのにサーク先輩ともろくに話をしてないってどういうことですか。」
「いや、悪かったよ。反省してます。」
「もし先輩が宿泊届に気づかなかったら誰も先輩のこと分からなかったかもしれなかったんですよ。」
「まあ一応極秘の任務だったしなあ…。」
「何か?」
「いえ何でもありませんすみません。」
 ブラッドは大人しく謝った。
「まあ過ぎたことは仕方ないですけど…話を戻しましょう。」
「え?」
「結局、その魔道具の壷ってどんなものなんですか。」
 リィナが話を本題に戻す。
 ブラッドは彼女には見えないながらも難しい顔をした。
「やばい代物だとさっき聞きましたけれど。」
「―ああ、その通りだ。」
 答えたブラッドの声が今までほど余裕をもっていないことに、リィナも気づいた。静かに次の言葉を待つ。
 またしばしの沈黙を挟んで、ブラッドは説明を始めた。
「結局は壷の中身が問題なんだよ。あの中には、魔物が入っている。それもかなり凶悪なヤツがな。」
「魔物…ですか。」
「ああ。並の神官だったら十人集まっても勝てないだろう。」
「―!」
 予想を上回る厳しい言葉にリィナが絶句する。
「で。その魔物は壷の持ち主の命令に絶対服従する。これはまあいい。」
「…ということは他にも?」
「ああ。ある意味一番厄介なのが、その命令は普通の言葉だけでできるってことだ。」
「それって、誰でも扱えるってことじゃないですか!」
「その通りになるな。」
 青ざめるリィナにうなづくブラッド。
 だがブラッドはもう一言付け加えた。
「…まあ、その分もし使ってるのが素人なら対処しやすいってのが不幸中の幸いと言えなくもないが。」
「ガーテの街に流れてきたと聞いたんでしたら、その相手とかも分かってるんじゃないですか?」
「聞かされた最後の情報では盗賊団に売られたそうだが…その先までは何とも分からないな。」
 何の慰めにもならない答えに、リィナは小さくため息をついた。
「…つまり連続殺人事件の実行犯はその魔物ってことですか。」
「そういうことになるな。」
 ブラッドが短く答える。リィナは続けてもう一つ尋ねようとした。
「でも、魔物は壷の持ち主に従うなら、壷の持ち主がいるはずじゃ…。」
 が、言葉は思わぬ形でブラッドに遮られた。
「その犯人の姿が見えたぜ。」
 思わぬ言葉にリィナは目を丸くした。
 すかさず低木の陰で身を隠すブラッド。その横に身をかがめて並びながらも、リィナはそっと少しだけ顔を上げた。
 その先には、一人の女性が歩いていた。
 立ち並ぶ木々の中。汚れ一つない服と茶色の壷を手にしてふらふらと森の奥に向かう女性の姿が見える。
 ブラッドは腰に下げた剣の柄に手を添えた。リィナも宝石を懐に入れ、両手で杖を握る。
 その瞬間だった。
「―あら、こんなところにまで来た人がいるの?おとなしく出てきてくれないかしら。」
 振り返った女性は、確かにこちらを見つめていた。


「…ってちょっとこれ、冗談じゃないわよ!」
 ヴィルは悲鳴の叫びを上げた。
 周囲の目がまたも彼女に集中する。サークも同様に睨みつけたが、それら全てを完全に無視してヴィルは尚も言った。
「B級?それって高位神官がチームを組んでどうにかなるクラスってことじゃないの、どういうことよこれはっ!」
「落ち着けヴィル。」
「落ち着けないわよ!何よ、じゃあブラッドとリィナはこれを追っていったってこと?それも二人っきりで!」
「落ち着けといってるだろう。」
「急がなきゃ!このままじゃ、リィナが殺されちゃうかもしれないのよっ!」
「落ち着けっ!」
 叫んで席を立ち飛び出そうとしたヴィルの手を掴んで、サークはそれを引き止めた。
 振り返ったヴィルは驚きと怒りに吊り上がった目でサークを睨みつける。
「こんなところでもたもたしてる暇はないわよ、一刻も早く二人を追いかけて助けに行かなきゃ!」
「―ああ。もちろん、そのつもりだ。」
 サークはそうきっぱりと答えて立ち上がった。
 思わぬ言葉にヴィルの動きが止まる。
 サークはその手を離すと、ヴィルとレイの二人に向かって言った。
「俺は今から自警団をまとめて後のことを任せる。ヴィルとレイは、準備をして正面入り口前に来てくれ。」
「それじゃ―。」
 置かれていた本を手にしたレイが顔を上げる。
 サークは二人に命じた。
「これからブラッドとリィナの救援に向かう。ヴィル、レイ、協力してくれ。」

 それから瞬く間に準備は整えられた。
 時間にしてわずか半時。神殿入り口前の大階段下に、三つの姿が集まった。
 身軽な服に着替えて長杖を手にしたレイ。同じく着替えて短杖を腰に携えたサーク。そこに、ちょうど階段を下りてきたばかりの、大きな鞄と奇妙な箱を抱えたヴィルがいた。
 二人の目線はヴィルの背負った鞄と手の箱に集中する。大きさは大判の本並み、鉄製だろうか。
「…それは?」
 レイが問いかけると、ヴィルは胸を張って自信たっぷりに答えた。
「これがリィナを追跡するための道具よ。その名も『ストーカー君β1.02』!」
 そして見ろと言わんばかりに箱を高々とかざす。
 金属で外張りをしてはいるがあちこちに継ぎを当てた不恰好なその箱は、陽光を反射して一瞬輝いた。
「また微妙なネーミングを…。」
 脱力したレイが頭を抱える。
 が、そうしたやりとりを一切無視してサークが話を進めた。
「で、それを使えばリィナの居場所が分かるんだな。」
「もちろん!二人が歩きで移動したんなら、十分見つけられるわよ。」
 きっぱりと答えると、ヴィルはその箱のスイッチらしきレバーを下げた。
 その瞬間、箱が唸りを上げて小さく震え始める。
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫!珍しくコレは今までのテストも上手くいってたから!」
「珍しくって言うなー!」
 思わずレイがつっこむ中、ヴィルは完全にそれを無視して真剣な目で箱のメーターの動きを見つめていた。扇形のゲージの上で針がゆっくりと右に動いていき、隣ではコンパスに似た矢印が不安定な半回転を繰り返している。
 二人がしばらく静かにその様子を見守っていると、箱の振動が収まった。
「―分かった。距離はおよそ四千歩、方向は…あっちね。」
 そう言ってヴィルは北北東を指差した。
「森に入ったようだな。」
 その指の方向を見てサークが口にする。
 レイも同じ方向を見てそれにうなづくと、サークの方に振り返った。
「そうみたい。とりあえず街の外に出よう。ひょっとしたら足跡とかが残っているかもしれないし。」
「そうだな。…ヴィル、その箱は繰り返し使えるか?」
「多少疲れるけれど使用そのものは問題ないよ。いざとなったら箱を持つ係を交代すればいいんだし。」
「…え?」
 サークの問いに答えた最後の言葉が引っかかって、レイは聞き直した。
「だから箱を持つ係。つまり魔力の供給係ってこと。これ、外部から力を吸収しないと活動できないんだわ。今度は精度とは別でそこらへんも改良しようとは思ってるんだけど。」
「…それはまた今度頑張って下さい。」
 ある意味どうでもいいことだったのでレイは聞き流しておいた。
「じゃ、出発しよう!とりあえず今サークが言った通り森の前に言って、そこからまた測定をすればいいから。」
「はいはい。」
 威勢良く階段を飛び降りたヴィルに対して、レイも投げやりにではあるが返事をした。
 その時サークが呼び止めた。
「ヴィル。ところでその鞄は何だ?」
 その言葉にヴィルは一瞬身を強張らせる。それからさびた機械のようにゆっくりと振り返った。
「せ、先輩に頼んでまた試作品を借りてきちゃった…えへ。」
 苦しげな笑みを浮かべつつサークを見る。
 が、サークは静かにこう言った。
「今更もう止めはしないし時間ももったいないが…重くても途中で持ってはやらんからな。」
 ヴィルは停止した後、つまりは肯定であることを理解して一人うなづくと笑顔になった。
「了解っ!」
「では急ぐぞ。とりあえず北東側の門から出よう。多分門番も二人を見たはずだ。」
 そう言うや否や、サークはすぐさま駆け出した。
 次の瞬間気づいた二人も駆け出す。幸い、サークも全力疾走をしているわけではなかったのですぐさま追いつくことはできた。
 レイがサークの横に並んで声をかける。
「―そういえば、サーク。」
 走りながらの言葉に、サークは目線を正面に向けたまま言葉だけ返した。
「どうした、レイ。」
「自警団の後始末とか、言っていたけど、あの人たちはどうしたの?」
 荒い息のせいで言葉は途切れ途切れになる。
「ああ。彼らなら、『壷を手にした女性』の捜索と周囲の警戒、念のためにもう少し聞き込みも頼んでおいた。」
「え?」
「ブラッドは慌てて出ていったが、その相手が本当に事件の犯人かは断言できないからな。万が一のことを、考えておかねばならないはずだ。」
「なるほど。あ、アッセルトさんたちはどうするの?」
「聞き込みはそのまま、継続。それと連絡のために、信号弾を用意した。」
「信号弾?」
「要するに、色つきの煙が出る花火だ。犯人発見で赤、違っていたら青、緊急時には緑。」
「分かった。サークが、持ってるんだね。」
「ああ。腰にまとめてあるからいざというときは代わりに使ってくれ。紐を引けば発射する。」
「…そうならないことを、願うよ。」
 レイはそう呟いた。
 それから街中を走ることもう少し。
 不自然な静けさにサークが後ろを振り返ると、そこには案の定荷物を抱えてかなり遅れているヴィルの姿があった。
 サークは一呼吸の間だけ考えると隣のレイに言った。
「レイ。俺は先に行って門番から話を聞いてくる。悪いがあいつの荷物運びを手伝って追っかけてきてくれ。」
「え、ちょっと?」
 戸惑うレイに構わずサークは顎でヴィルを示すと、そのまま先に走り去っていってしまった。
「えー?」
 声を上げるが彼は振り向きも止まりもしない。
 レイは仕方なく後方を見た。
 そこには、大きな鞄を提げて脇にも箱を抱えて必死で走るヴィルの姿があった。
 同情の念を抱いたレイは、その場で足踏みして彼女が追いつくのを待ってやることにした。

 そしてそれから少し。三人はガーテの街の門のすぐ外側で合流した。正面には街道に平行して森が広がっている。
「二人は一時ほど前にここを出ていったらしい。朝、同じくここを通った『壷を持った女性』のことを聞いていったそうだ。」
 サークが門番から聞き出した情報にレイはうなづいた。
 その手にはあの不恰好な金属の箱、ヴィルいわく『ストーカー君β1.02』が抱えられている。
 当のヴィルはその横で腰を曲げてぜいぜいと息をついでいた。
 そんな姿を見下ろしつつレイが尋ねる。
「ヴィル。これ、どう使うの?」
「その、銀の、レバーを、押し下げる。」
「それで?」
「あとは、ずっと、箱を、持ってるだけ。途中で、手は、離しちゃだめ。」
「…分かった。」
 かすかな不安の念を抱きつつもレイは素直に箱を持ってレバーを押し下げた。
 途端に箱が震え出す。レイは一旦驚いたものの何とか箱は落とさずに持ち続けた。
 それから少し。さっきの半分ほどの時間で、箱の振動は治まった。
「…これでいいの?」
「そう。あとは、目盛りを読むだけ。」
 多少は息が落ち着いてきたヴィルが横から覗き込む。
「距離は約七百歩、方向は…あっちだ。」
 そう言って指差した先は、北東の方角―森の奥だった。
「分かった。思っていたほどは奥に進んでないようだな。」
 森を見てサークは呟き、そして振り返ると身構えているレイとまだ息を切らしているヴィルの姿を見た。
「…出発するぞ、いいか?」
 さすがに心配になったのかサークが更に声をかける。するとヴィルはうなづきを返した。
「何とか。あたし、回復は早いから。」
「そうか。じゃあ行くぞ。」
 そう言ってサークは再び森に向き直った。
「周囲に気をつけてくれ。二人が歩いた跡さえ見つければ、追いかけるのが楽になる。」
「え、でも私足跡追跡なんて習わなかったよ。」
「だから注意して探せと言ってるんだ。追いつけなければ二人が危ないんだぞ。」
「!―そうだね。」
 厳しい一言に息を呑んでヴィルもうなづいた。
 サークは無言で森へと足を踏み入れた。その後からレイ、ヴィルが順についていく。
 鳥の声が遠くから聞こえた。空気は涼しいを通り越してかすかに寒く感じられるほどにまだ冷えている。
 …あるいは恐れが鳥肌を立たせたのかもしれないが。
 ヴィルは不安な気持ちを押さえつけると、先行する二人の後を歩き始めた。


 突然の言葉に、二人は身を強張らせた。
 木の陰になっているから向こうからこちらはほとんど見えないはずだ。だが間違いなく女性はこちらを見ていた。
「…どうしたの?そこにいるのは分かってるわよ。出てこれないんならわたしから行きましょうか?」
 女性の声が再び響いた。
 決して大声とはいえない声だが、不思議なほどによく通っている。そして緊張する二人とは裏腹にあまりにも落ち着いた声だった。
「先輩…。」
 リィナが、唇だけを動かしてブラッドに問いかける。
 ブラッドは一拍の間をおくとうなづき、片手を地面と平行に広げて押し下げるジェスチャーをした。
 そしてその場で立ち上がった。
「―見つかったら仕方がないな。」
 ひときわ大きな声を上げると、ブラッドはそのまま低木をつっきって女性の方に歩き出した。
 リィナも思わず立ち上がって後を追いそうになる。が、先ほど示されたジェスチャーに思いとどまった。
 あれはきっと「待て」だ。そう信じて息を殺す。
 一方のブラッドは、女性の元に歩み寄りながらもためらうことなく剣を抜いた。
「…さて。どうしてオレの居場所が分かったかをまず聞かせてほしいんだが。」
 口調は優しいが目は全く笑っていなかった。右手に掴んだ剣も下ろされてはいるものの、握ったその手は緩められてはいない。
 だが女性は穏やかな笑みを浮かべると、そっと手元に視線を移した。
「だって、この子が教えてくれたんですもの。…かわいいかわいいわたしの子が。」
「なっ…。」
 ブラッドが思わず息を呑む。
 女性は、満ち足りた母のような顔で壷を抱えていた。左手でしっかりと抱き寄せ、右手はかすかに壷の蓋を浮かせている。
 その狭間にある深い闇と、一瞬の赤い輝きをブラッドは目にした。
「…そうか。かわいい子供さんか。じゃあ、その子をちょっとだけ抱かせてはくれないか?」
 ブラッドは女性の一挙一動に目を配りながら、ゆっくりと空いた左手を差し出した。
 しかしそれに対して女性は怪訝な顔を見せた。
「何?あなたもわたしからこの子を取り上げるつもり?」
「いや、そういうわけじゃ…。」
 反射的に取り繕いの言葉を口にするブラッド。だが女性の表情は険しさを増した。
「あなたもあの女たちの仲間なの?わたしからあの人を奪うだけじゃなくて、この子まで取り上げようというの?」
「待ってくれ…。」
 そう答えかけたブラッドだったが、女性の目が自分を見ていないことに気づき言葉を切った。
 女性はそのブラッドの変化を気にすることもなく、虚空を見つめて呟き続けた。
「この子だけは渡さないわ…あの人は奪われても、この子だけは絶対に渡さないわ。絶対に渡さない。」
 声の響きが徐々に虚ろなものへと変わっていく。ブラッドはその様子を見つめながら、下ろした剣をゆっくりと上げ始めた。
「おいおい、冗談きついぜ…。」
 左手をそっと柄に添える。掌がかすかに汗ばんでいるようだ。
「絶対に渡さない。絶対に渡さない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に…。」
 壊れた蓄音機のように女性は同じ言葉を繰り返し始めた。細められていた目が徐々に見開かれ、血走った目が露わになる。
 ブラッドは身構えた。何らかの変化があった瞬間に、その剣を振るえるように。
「絶対に、ぜったいに、ぜったい、ぜったい、ぜった―。」
 その瞬間、女性の動きが止まった。
 同時に地の底から聞こえてきたような―隠し切れない禍々しい雰囲気が滲み出たような歪んだ声が、聞こえた。
「―あそこに、女がいるぞ。」
「!」
 ブラッドが息を呑んだ。そして女性もまた。
 次の瞬間絶叫が響き渡る。
「―ああ、やっぱりまた女なのね!許さない、お前もあいつらのように八つ裂きにして殺してやるっ!」
 ブラッドは迷わず剣を振った。だが、茂みに視線を向けた女性が右手をほんの少しだけ動かす方が早かった。
「殺せ!あの女を、殺してしまえーっ!」
 憎悪に満ちた叫びが上がる。
「しまっ…!」
 背後の茂みが揺れる音と同時に、漆黒の閃光が走った。


「…そもそも今回帰ってきたのは、もちろん単なる帰省じゃなくてちゃんと用事があってのことだったんだよ。」
 窓からは月の光が差し込む。
 時間は夜。部屋の中では二人の男性が向き合っている。一人は窓の側の椅子に腰掛け、一人は室内で腰を下ろして。
 サークは飲み会を終えて自室のベッドに座るブラッドを睨んだ。
「そうか。」
「そう怖い目をするなよ。」
 相変わらずのからかっているような言葉に対しサークは冷たく答える。
「いつもと変わらん。話を進めろ。」
「はいはい。…要するに聖騎士団の任務があったんだ、本来なら秘密裏に行わねばならないな。」
 両手を上げて首を横に振るブラッド。一方のサークは眉一つ動かさない。
「その内容は?」
「ある魔道具の回収だ。」
「魔道具。」
「そ。ちょっとばかりヤバイ代物が流れてしまってな…。」
「出所は?流れた、と言ったな。」
 何気なく口に出された言葉にすかさずサークがつっこむ。
 ブラッドは一瞬顔をしかめたが、深くため息をつくとしぶしぶ話し始めた。
「ったく、これだからお前と話すのはイヤなんだよ。まあ今の口ぶりならもう予想がついたとは思うが。」
「聖騎士の誰かが裏で流したのか。」
「いや違う。…待て、お前が思っているよりも聖騎士のプライドはちゃんと高いぞ。」
 珍しく真面目に返したブラッドの言葉だったが、それは次の瞬間あっさりとサークに反論されてしまった。
「お前を見ている限りでは何とも言えないがな。」
「おいおい…冗談でもそれはきついぜ。」
「それで実際はどうだったんだ。」
 ぼやきもサークは平然と流す。
 ブラッドは再度ため息を洩らすと改めて顔を上げた。
「まあ…むしろもっとタチが悪いかな。保管庫に侵入者があったんだ。」
「―何だって!」
 サークは思わず驚きの声を上げた。
 リーヴェランスはライセラヴィにとっての聖都であり、そこには全ての神殿の上に立つ大神殿が存在する。そしてその中には他の神殿では預かりきれないような危険な魔道具を集めて収めた保管庫が幾つかありもちろん厳重に守られているのだが…。
 ブラッドが口にしたのはその保管庫への侵入者の存在だった。
「まあ幸いにして狙われたのは一番外の第四保管庫だったからまだマシだったとはいえるがな。」
「それでも、大神殿の保管庫に侵入者とは…よっぽどのことだろう。」
「ああ。事件のことは外に洩れないよう内部で隠蔽されたが、中ではとんでもない大騒ぎだ。」
「だろうな…。そんな話が特に王宮に洩れたらそれこそ神殿の権威にも関わりかねない。」
 サークの言葉にブラッドも深くうなづく。
「そういうことだ。ちなみに目撃者もいたんだが、残念ながら犯人はまだ捕まっていない。」
「どんな奴だ?」
「それが…子供だったらしいんだ。」
「なっ?」
 予想外の言葉にサークがまた驚きの声を上げる。
「まあ子供のように小柄で声の高い奴だったらしい。ただ、そいつは顔に包帯を巻いていて素顔がよく分からなかったそうだ。」
「なるほどな。」
 サークが小さくうなづくと、ブラッドも一拍おいて話を再開した。
「まあ犯人も問題だが、盗まれた品の方がもっと問題だ。」
「そうだな。どうだったんだ?」
「詳しい品は言えないが、とりあえず手近な品を幾つか盗んだだけだったらしい。目録と合わせて全部確認したそうだ。」
「そうか。」
 そこまで話してブラッドは一度言葉を切った。
 深呼吸をして改めて口を開く。
「で、聖騎士団にもその回収の任務が下ったんだ。」
「事件はいつあったんだ?」
「半年前だ。」
「…長いな。」
「そう言うな。ブツが流れた先を見つけるのだけでも一苦労だったんだ。」
「ほう。」
 半ばぼやくようなブラッドの言葉に、サークは軽くうなづくそぶりを見せた。
「まあ実際見つけられたのもほとんど運だ…ディヴェルゼの街で魔道具の暴走事故が二つほどあったんだ。二ヶ月ほど前かな。」
「聞き覚えがあるな…暴動かと騒ぎになったが結局事故でカタがついたんだったかな。」
「その通りだ、よく覚えてたな。…それでたまたま流れた品を探しに来てた聖騎士の一人がその捜査に首をつっこんで、最終的に事故を起こした品が盗み出されたものの一つだったと分かったんだよ。」
「偶然か。」
「それを言ってくれるなって。それに、それから故買屋をつきとめたのはこっちの努力の成果だ。…あいにく全ての品がそこに流れたわけじゃなかったがな。」
「まあそうだろうな。」
 今度はブラッドがそのサークの言葉にうなづく。
「ああ、金銭目当てならわざわざ神殿の保管庫に忍び込む必要はないからな。それでその故買屋を追及して品の流出先を調べた。」
「結果は?」
「売った品は六つ。そしてそのうちの一つを売った相手が、この街の近くを根城にした盗賊団の一員だったらしい。」
「盗賊団…確か幾つかあったな。」
「そう。まあ頑張って聞き出してその盗賊団の名も教わった。」
 言いながらブラッドがそっと目線を外す。その時見えた暗い影に、サークは追求するべきではない何かを感じ取り口をつぐんだ。代わりに話を更に促す。
「盗賊団の名は?」
「通り名は『双頭の魔竜』とかいう大層なものらしい。」
「…待て、確かあそこはついこないだ冒険者の一団が壊滅させたはずだ。」
「ああ。オレもこっちに来る直前にそれを聞いて驚いたよ。」
「あそこが壊滅したのは二週間前だったはずだが。」
 サークは一言呟いた。
 リーヴェランスとガーテの間は、徒歩なら一月以上、馬車などを乗り継いでも確実に二週間以上はかかる。どう考えても日数が合わない。
 だがブラッドは不審な目を向けるサークに対してあっさりと答えた。
「一応オレも聖騎士だ。特命ってことで飛竜の輸送便に乗せてもらったんだよ。」
「だから前の手紙には何も記されてなかったのか。」
「そーいうこと。」
 ブラッドは深々とうなづいた。
 そこに、サークがこれまで抑えていた質問を問いかけた。
「で。その魔道具の捜査とこの事件はどういう関係があったんだ。」
 顔を上げたブラッドの表情が曇る。
 そのまま彼は無言のままで自分の荷物を引き寄せ、一つの箱を取り出した。
 表面に細かな紋様の掘り込まれた金属製の箱だ。
 それを両手で持って膝の上に抱えるようにして、ブラッドは口を開いた。
「結局はこれが犯人だったんだよ。」
「それが…犯人だと?」
「ああ。」
 そう言って箱を持ち上げると、おもむろにサークに尋ねた。
「ここで質問だ。使役された使い魔による犯行の責任はどう扱われる?」
「…使役されたものによる犯罪は基本的に使役者によるものとみなす、だったな。」
 サークの回答はすぐだった。
 ブラッドの口元に笑みが浮かぶ。
「まあその通りだ。では続いて第二問。使役者本人が意図せずにして使い魔によって行われた犯行の場合は?」
「その場合は責任を使い魔に帰し、使役者は管理不徹底とされている…。」
 そこまで答えてサークも気づいた。
「…そういうことか。」
「その通りだ。」
 ブラッドは再び箱を下ろした。
「この中に入っている魔道具は、ある魔物を使い魔として封じたものだ。」
「…わざわざ大神殿の保管庫にあるということは相当危険な魔物が封じられているということか。」
「いや、魔物そのものの危険はそこまで強すぎるわけではない。」
 意外な言葉にサークが目を向ける。
 ブラッドはその瞳を見つめてはっきりと答えた。
「―問題なのは使役が簡単すぎることだ。日常言語のみで制御ができるって代物なんだよ、これは。」
「…それは確かにタチが悪いな。」
 サークも同意してうなづいた。
「だからこうやって慌てて追ってきたってわけだ。これが一般に流れてしまってはとんでもない事件になりかねない。…実際は、間に合わなくてこんなことになってしまったがな。」
「…そうだな。」
 変えることのできない事実に、サークは慰めの言葉を口にはしなかった。
 ここガーテの街で起こった連続殺人事件。その結果三人の女性が命を落とした。ブラッドの言葉によるならば、これは禁断の魔道具が使われてしまったがための犠牲だったことになるが。
「一つ聞きたい。」
「何だ?」
 おもむろに放たれたサークの問いにブラッドがうなづきを返した。
「品が流れたのは盗賊だ。どうしてこの連続殺人事件の調査に加わったんだ?あんな強引な言い分を押し通してまでな。」
「…強引だったかな。」
 照れをごまかすかのように苦笑するブラッド、しかしサークは尚も変わらぬ調子で話を進めた。
「自覚はしておけ。で、乱入してきた理由を説明してもらいたい。」
「はいはい。」
 ブラッドは箱を荷袋の中にしまうと、ゆっくりと答え始めた。
「三日前にこっちに来て、とりあえず情報集めをしたんだ。それで魔道具の話は出てなかったから最初は盗賊の残党が持っていると考えた。」
「なるほど。」
「で、次の日に事件のことを詳しく聞いてな。異常な死に方の連続殺人事件…それでひょっとしたらと思ったんだよ。」
「…生身によるものとは思えない殺され方、か。」
「ああ。盗賊の残党探しの方も平行して進めたんだが、それなりに生き残った奴らがいてそのうちの誰かまではつきとめられずにいた。下手なことをすれば魔道具をまた流される可能性もあったから手を出しにくかったってのもあったがな。」
 冗談めいた響きの一切ない言葉に、サークも鋭い目でうなづく。
「それは分かるが、宿泊の予定が一晩だけだった理由は何だ?」
「一応秘密の任務だからな。ただ神殿での話も聞いてみたくはあったから、一泊だけすることにしたんだ。それからは街で適当に宿を探すつもりだったが…こんな大きな事件なら神殿もかかわっているだろうと思って、お前に話を聞いてみようとお邪魔することにしたんだよ。」
「…そのわりには勝手に飲んでたようだがな。」
「だから任務の秘密を守るためだって。下手に聞いたらお前に警戒されちまう、そんなことになったら意味がないからな。」
 冷静な言葉に対して、声の響きにはあまり変化はなかったもののブラッドは一瞬視線を逸らせた。
 構わずサークは続ける。
「それで。一昨日までのことは分かったが、肝心の昨日についてはどうなんだ。」
「いや。神殿の誰かが派遣されてることまでは想像がついたが、その先については分からなかった。だからお前に聞こうとしたら…ちょうどあの黄色い髪の子がその話をしてたんだ。」
 ブラッドが言ったのは、昨日レイが強襲に使える人手を借りに来たまさにその時のことだろう。そうサークは思い返した。
 だがあまりにも都合のよすぎる話ではある。
「…その言葉は誓えるか。」
 サークの口から出た突然の言葉にブラッドはむっとして不満の色を見せた。
「何だ、信用できないってのか?」
「お前をあまり疑いたくはないが…偶然にしてはできすぎてるな。」
「日頃の行いがいいからな、幸運の女神さまが微笑んでくれたんだろう。」
 そううそぶくブラッドの言葉にもサークは態度を変えない。
「余計な話は後だ。誓えるのか、誓えないのか。答えてくれ。返答如何によってはこの部屋から叩き出すぞ。」
「おおコワ。」
 ブラッドは肩をすくめたが、それを見つめるサークの目は全く笑っていなかった。
 わずかな間を置いて、ブラッドの顔から笑みが消える。
「…まあ疑うのも当然か。だが、あいにくだがこのことは誓えるぜ。光の名にかけてな。」
 皮肉気味な口調で答えるブラッド。
 それを見たサークは、微笑した。
「そうか。ならば信じよう。…運のいいやつだな。」
「まあな。」
 にやりと笑って答えるブラッド。
 サークはその隣に置かれた荷袋に目を向けた。
「で、魔道具の回収はあの強襲の直後か。」
 ブラッドも視線の先に目を移し、うなづいた。
「ああ。急がないと自警団に見つかって回収されちまう可能性もあったからな。結構慌てたが、最後の見回りを手伝ってどうにかこっそりと入手した。」
「…幸運もそこまで続くと怖くなってくるな。」
「まあ光はオレに味方してくれたってことだろ。よかったよかった。」
 しみじみと呟いたブラッドにサークも小さく苦笑する。
 が、もう一度表情を元に戻すと再び質問をした。
「あと一つだけ聞かせてくれ。…で、その品はいったい何なんだ?」
 その一言にブラッドが表情を曇らせる。
 サークが怪訝な顔で見守る中、しばしの逡巡の後ようやく彼は口を開いた。
「…詳しいことは品がバレるから言いづらいんだ。勘弁してくれ。」
「まあそれは構わないが…。」
「何にせよ、問題の魔道具はこうやって回収できた。これで連続殺人事件も無事解決。オレも安心してリーヴェランスに戻れるってわけだ!」
 そう高らかに宣言すると、ブラッドはバンザイをするように両手を伸ばしてそのまま背中からベッドに倒れこんだ。
 しかしそれを見守るサークの表情は冴えない。
「解決…か。」
「ん、まだ何かあるのか?」
 横たわって天井を見上げたままブラッドが尋ねた。サークが冷めた声で答える。
「確かに問題の魔道具はここにあるが、捕まったあの男はどうなる?」
「まあ事件の犯人ってことになるだろうな。」
「…使い魔による犯罪は使役者の罪となる、か。しかしどこまで意図して行われたのやら。」
「日を置いて三人も殺されたんなら、そりゃどう見ても意図しての行動だろう。そうじゃなきゃ止めてるさ。」
 あっさりとブラッドは言いきった。サークもそれにはうなづく。
「まあそれはそうだろう。では、取調べで壷のことを口にしたらどうなるんだ?肝心の品はここにあるんだぞ。」
「そこまでは知らねえよ。ま、狂人の戯言扱いされるか、あるいはもうしばらく警戒態勢が続いて街に怪談の一つや二つが流れるか…ってところだろ。」
「…無責任だな。」
「女の子を三人も殺した犯罪者のことなんか構うもんかってんだ。ちっとは牢の奥で反省してろ。」
 吐き捨てるようなブラッドの口調に、サークはそれ以上の言葉を口にするのをやめた。
 代わりに窓から外の空を見上げる。
 頭上には相変わらず大きな月がそびえてこちらを見下ろしている。
「―まあ、何はともあれ事件は解決だ。いろいろ不幸はあったがとりあえずの終結には素直に喜ぼうぜ。」
「…そうだな。」
 目を閉じて横たわるブラッドを見つめ、サークは小さな笑みを浮かべた。


「光よ壁となれ(リト・ト・コヴェル)っ!」
 次の瞬間、白い輝きが黒い閃光と激突した。
 魔力が弾ける破裂音が幾つも重なって森の中に響き渡る。
 それが治まったとき、そこには砕けた木々の間で杖をかざしてうずくまるリィナの姿があった。
「―何とか、間に合ったか。」
 その背後には短杖を正面にかざしてサークが立っていた。
「…先輩っ!」
 振り返ったリィナが声を上げる。サークの更に向こうには、遅れて走ってくるレイとヴィルの姿もあった。
 その表情にかすかな安堵の笑みが浮かぶ。
「…邪魔者が増えたか。」
 だが、そこに低い声が響いた。
 四人が前を向く。
 その先では、剣を振り下ろしたままの姿勢で立っているブラッドと壷を抱えて立つ女性、そしてブラッドの剣を掴む黒き姿があった。
 宙に浮いたその影は霧が集ったかのように不明瞭な人の形をしていた。その中で手らしき場所だけがはっきりと具現化して、剣を掴んだ掌から灰色の煙をうっすらと立ち昇らせている。しかしこの漆黒の存在は痛みを感じる様子もなく、ただ静かにその場に位置していた。
「…おいしいタイミングで現れるとは相変わらず抜け目のないヤツだな。」
 ブラッドがそのままの姿勢でいつものように呟く。
「軽口を叩く余裕はあるみたいだな。」
 サークも言葉を返す。だが彼の言葉に漂う緊張感と一目で分かる剣を振り下ろしたまま身を強張らしているその姿に、口で言うほどの余裕はないことにも気づいた。
「先輩、どうしてここが…。」
 その横から恐怖がようやく解けたらしいリィナがサークに尋ねる。
 しかしその答えは追いついたヴィルが口にした。
「あの時持たせた宝石は発信機だったのよ。おかげで何とか見つけることができたわ。」
 そう言って抱えていた箱を地面に下ろした。
 リィナはあっけにとられた顔をしたが、すぐさま立ち上がると再びブラッドらの方に向き直った。
 そこには女性とブラッドともう一つ黒い人型の影がある。
 四人が見つめる中、突然、人型の影の目らしき場所に小さな赤い光が宿った。
「まあいい…お前らごときに我の邪魔はさせん。」
 低い声はまるで無理やり獣の声を人の言葉に当てはめたかのようにところどころが歪み狂って聞こえる。
 感じた恐怖を振り払ってレイが声を上げた。
「魔人め、何が望みなのっ!」
「…我はただ命に従うだけだ。我が意思は主人の元にある。」
 そう答えると魔人はブラッドの剣を離して空へと上った。厚みある上半身に対して下半身は溶けたかのように消え失せている。
 その下に、遮る影がなくなった女性の姿が現れる。
 女性は手に壷を抱えて立っていた。
 その目は焦点を失い、半開きになった口からは何の言葉も洩れない。
 手にした壷は蓋を開かれて、そこから立ち上る一筋の黒い煙が糸となって頭上の魔人へとつながっていた。
「彼女が…主人だというのか。」
「元々はそうだったんだろうが、今はもう魔人の傀儡だろうな。」
 サークの呟きにはすぐさま四人の元に戻ったブラッドが答えた。
 続けてレイが口を開く。
「あの女性が、連続殺人事件の本当の犯人なんじゃないの?」
 その問いには、立ち尽くすリィナが答えた。
「…でも、もうあの人は…狂っていました。」
「殺人の罪と魔物の誘惑に壊れた、ってことか。」
 苦々しげにヴィルも言う。
 そうした彼らを空から見下ろしながら、魔人はおもむろにこう告げた。
「―主人よ。彼女らは、我を封じようと現れた者たちだ。」
 その言葉に、女性は拡散していた意識を取り戻した。
「…ああ、彼らは、あなたを奪いにやってきたの…?」
「そうだ。」
「かわいい子…あなたは絶対に渡さないわ。他の誰にも…。」
 女性はいとおしそうに壷を抱き、呟き続ける。
 溢れんばかりの愛…狂った愛に満ちた言葉に五人の神官たちは戦慄する。
 そしてその姿をも見下ろして、魔人はこう言った。
「ほら。あの女が、我を奪いにやってきたのだ。」
 片手らしきものをゆっくりと前に出す。
 そこから不意に伸びた指先が、真っ直ぐにその「女」へと向けられた。
「―えっ!」
 漆黒の指がリィナの目の前に突きつけられる。
 彼女が声を上げると同時に女性が目を見開いて叫んだ。
「お前が…お前があの人を奪ったのか!お前がこの子を奪いに来たのか!」
「そんな、そんなの知らないっ!」
 血走った目が自分を睨みつける。恐怖にかられたリィナは必死に首を横に振ったが、しかし女性はもはやその姿さえ見ていなかった。
「…お前だな!お前は絶対に許さない…殺す、殺してしまえっ!この女どもを殺せーっ!」
 女性が絶叫したその瞬間。
 五人は女性の頭上で、口のない黒い影が嗤うのを、見た。
「―承知した。」
 嘲笑とともに漆黒の影は五人へと襲いかかった。

「―散らばれっ!光よ我が前に来たれ(イ・アセ・リト・ト・フィル)!」
 叫ぶと同時にブラッドが呪文を唱えた。
 目の前に閃光が弾ける。
 四人は目が眩むのにも構わずすぐさま言葉に従って散開した。
 光が薄れた中に、最初よりやや小さめの魔人らしき黒い影が現れる。
「小癪な…人間ごときが、光の力を使いおって!」
「光の糸よ彼の者を縛れ(イ・アセ・リト・ト・リム・ドミナ・ヘ)!」
 そこにすかさずサークが魔法を放った。
 かざした杖の先から無数の輝く糸が放出されて対象へと踊りかかる。
 だがその狙いは魔人から逸れていた。
 それの足元…壷を持つ女性の元へと一気に集約する。
「!」
 魔人はそのことに気づくとすぐさま反転して女性の元へと飛んだ。
 光の糸を直接その体で受ける。
 糸は魔人の体全体に食い込むように巻きつきその身を縛った。
「やった!」
 ヴィルが声を上げる。しかし次の瞬間、魔人が言った。
「…無駄だ!」
 言葉と共に身を震わせる。
 その瞬間、より大きな力に耐えかねたかのように糸は千切れ飛んですぐに消え失せた。
 同時にサークが四人に告げる。
「魔人の体は封印に守られて不死身だ!魔人ではなく、あの女性の持つ壷を奪い取れ!」
「小童が、よくも調べおって…だがさせぬわ!」
 魔人はサークの方を振り向くと、その両手を眼前にかざした。
 掌らしき場所に異質な輝きが生まれる。
「―死ぬがいいっ!」
 魔人の咆哮と共に掌から無数の漆黒の刃が解き放たれた。
「光よここに(リト・ト・フォルド)!」
「きゃあああっ!」
 防護魔法の呪文と悲鳴が交錯する。
 再び、閃光と共に光と闇の力がぶつかり合って生じた魔力の小爆発が一面に広がった。
 空気の揺らぎが消えるにつれて地面の上の五つの姿が露わになる。
 ブラッドとレイがとっさに障壁を張り、その下でリィナ、そしてサークとヴィルがうずくまっていた。
「守ってたら勝てないぞ!」
 ブラッドは一声叫ぶと障壁を自ら解いて駆け出した。長剣を両手で構えて一気に距離を詰める。
「―波状攻撃で魔人の動きを抑えろっ!」
 その動きに応じてサークも声を上げた。同時に腰に下げた筒の一つを取り出して頭上に向け、垂れた糸を一気に引く。
 小さな破裂音と共に梢の間を縫って一つの弾が飛んだ。爆発音と共に、赤色の煙が広がる。
「それは―!」
「自警団は恐らく半時もしないうちに到着するはずだ、それまでに始末をつける!」
 サークも杖を手に立ち上がった。
 その言葉と動作に残りの三人もすかさず身構える。
「くたばれっ!」
「―愚かな!」
 単身で突っ込んだブラッドの斬撃はまたも魔人の片手で受けられた。刀身から放たれる淡い光が闇と干渉しあい灰色の煙と化して拡散する。
「光よ我が前に広がれ(イ・アセ・リト・ト・フィル・ト・ヘ)っ!」
「光よ我が敵を切り裂け(い・あせ・りと・と・にーだ・へ)。」
 その両横からほぼ同時に二つの魔法が放たれた。
 レイは杖の先から光を広範囲に拡散させて魔人も女性も一挙に狙う。一方のサークは広げた光を無数の弾丸状に集約させると真っ直ぐその女性の足元に向けて放った。
 二つの力に気づいた魔人は掴んだ剣をまた離して女性の元に戻った。
 サークから放たれた弾丸をその身で受け、レイが放った光は女性の前だけを手で覆って遮る。
 赤い瞳を強く輝かせて魔人は振り返った。
「無益な足掻きを…。」
「あたれっ!」
「光よその力を放て(イ・アセ・リト・ト・ゲイズ・レス)!」
 直後、それぞれ異なる方向から更に二つの叫びが上がった。
 どこから取り出したのか奇妙な筒を肩に構えたヴィルが声と同時に下部の引き金を引く。次の瞬間筒の先端から丸い球が発射された。
 その直後にリィナも呪文の詠唱を終えた。杖の先に高密度の光が集合し一つの弾と化す。リィナが杖を振ると同時にその弾は女性の元へと飛んだ。
 襲いかかる二つの弾丸。だが魔人は女性の頭上へと飛び上がりその不定の腕を伸ばした。
 まるでボールのように二つの弾丸をその掌で受け止める。
 瞬間、爆発するようなくぐもった音が響いた。だが弾丸そのものは激しい光を解き放ちながらも掌の中で粘性の高い液体に沈んでいくかのようにゆっくりとその姿を消していく。
 その大半が飲み込まれた時、魔人はおもむろに両手を握りしめた。
 ひときわ強い爆音と共に白煙が吹き出す。
 しかし、再び広げられた掌にはもう光の痕跡はなかった。
「小賢しいわっ!」
 魔人はその両手を勢いよく真上に振り上げた。
 両腕全体が黒い霧と化して空に広がる。そのまま魔人は体全体を濃い霧の塊へと変化させた。
「光よ天を照らせ(イ・アセ・リト・ト・フォルド・オヴェル・メ)っ!」
「闇よ貫け(ダリカ・ニーダ)!」
 二つの呪文が同時に唱えられる。
 サークが頭上にかざした杖の先から輝くベールを広げた時、その上から漆黒の槍が降り注いだ。
 光の層に突き刺さった槍は一瞬速度を落としたものの、勢いをほとんど失うことなくその障壁を貫通した。
「きゃあああっ!」
 誰かの悲鳴が上がる。それに覆い被さるようにして別の声が飛んだ。
「光よ闇をなぎ払え(イ・アセ・リト・ト・レス・ト・ヘ)っ!」
 あちこちに穴が開いてはいるものの光のベールが地表の光景を遮っている中から、突如輝く光体が空に躍り出た。
 塊となった光が姿を変えた魔人の体を抉り取る。
「ぐうっ!」
「千切れろっ!」
 更に光の下では剣をかざしたブラッドが一気に女性の元に駆けた。
 女性が手にした壷から立ち昇る一筋の黒い影、それに向かって全力で刃を叩きつける。
 ―次の瞬間、硬い音が響いた。
「!」
「愚か者…我が肉体は不滅なり!」
 ブラッドが渾身の力を込めて振るった刃は凝集した闇にぶつかり弾かれた。
 そしてそこから魔人が姿を現し、赤い瞳を輝かせた。
 幾本もの黒き刃がその身から突き出される。
「くうっ!」
 ブラッドはすかさず飛びのいたが全ての刃をかわすことはできず、肩と脇に鋭い切り傷が走った。
 ようやく広がった光が薄れて消える。
 そこには、再び壷の元に降りた魔人と傷を負ったブラッドがいた。
 彼らから少し離れた場所には杖を構えるサークとそれぞれ軽い傷を受けたリィナとヴィルが立ち、そして崩れ落ちたレイの姿があった。
「―レイっ!」
 気づいたヴィルが驚きの声を上げる。
 レイは両手で左の太腿を押さえていたが、その手と地面が赤く染まっていた。
「光よ、この手に宿りて、我が傷を癒せ(イ・アセ・リト・ト・カレ・ウンディ・ウィプ)…。」
 蒼白な顔色ながら何とか呪文を唱えきる。
 弱々しい光が一瞬その掌に宿ったかと思うとすぐに飲み込まれて消えた。だが苦痛に歪んだ表情は変わらない。
「足をやられたか…!」
 目を向けたサークが舌打ちをする。
 そこに魔人の声が響いた。
「どうした、そんな程度の力で我を封じようと思ったのか?」
「…っ!」
 息を呑む彼らに向かって、魔人はゆっくりと告げた。
「自警団どもがやってくると言ったな。そろそろお前たちを始末してここを離れねばなるまい…死ぬがよい。」
 再び魔人の体が崩れて黒い塊と化す。
 身構えたサークらの前で塊はそのサイズを一気に数倍に広げると女性の上に覆いかぶさった。
 次の瞬間、魔人の体から闇の魔力が直接放射された。
「光よ(リト)っ!」
 詠唱が間に合うはずもない。五人はそれぞれ一言叫び、闇を遮る光を自らの前に出現させた。
 相反する力の激しい衝突に本来なら打ち消し合うはずの魔力が暴走し幾つもの小爆発が生まれる。
 煙を含んだ突風のように放たれる黒い魔力の渦の中、誰もが必死に自分の身を守ろうと全精力を防壁の維持に注ぐ。その中にあってもなお走り出す姿が一つあった。
「させるかーっ!」
 障壁を自分の正面に集中させたブラッドが一旦自分から離れた距離を再び詰め、魔人の塊に向かって右手一本で剣を突き出す。
 濃い魔力の霧を貫き、剣の突端は更に魔人の硬質化させた表皮をも貫いてその内側に届いた。
 この衝撃に周囲に解き放たれていた魔力が弱まる。
「今度こそっ!」
 その瞬間再びヴィルが魔人に向けて肩の筒から弾丸を発射した。
 魔人の体が蠢きそれに対する障壁を作ろうとする。
 だがそれよりも先に、魔人の体に届く前に弾丸は爆発した。
「!」
 高濃度の魔力に負けて暴発した弾丸から幾筋もの閃光が四方に飛んでいく。
 その大半は見当外れの方向に飛び去っていったが、数本は狙いをあやまたず魔人の体を貫いた。
「ぐっ…!」
 くぐもった声と共に周囲に放たれていた魔力の波動が消失する。
 気づいたサークらはすぐさま防壁を解除した。
「光よ飛びて広がれ(イ・アセ・リト・ト・レス・エン・フィル)!」
「光の玉よ魔を吹き飛ばせ(イ・アセ・リト・ト・レカル・エン・フィル)っ!」
 続けて二つの呪文が唱えられる。
 サークの杖からは大型の光弾が、更にリィナの杖から小型の光弾が生まれて魔人に飛んだ。
 弾は魔人の体の表面に激突すると同時に爆発して激しい光を解き放つ。
 魔人の肉体であろう漆黒の塊の一部が吹き飛び、その姿が大きく揺れた。
「やった!」
「まだだっ!」
 ブラッドは刺さっていた剣を引き抜くとその場で更に斬りつけた。
 まるで鮮血のように暗黒の飛沫が飛ぶ。
「ラッシュをかけろ!チャンスは今しかないっ!」
「おのれ…っ!」
 魔人が身を震わせたが、ブラッドの言葉に答えたサークらの次の攻撃がその体を続けて襲った。
「光の鉾よ打ち砕け(イ・アセ・リト・ト・ムク・レカル)っ!」
「光の刃よ奴の身を切り裂け(イ・アセ・リト・ト・スォル・ヘ)!」
「光よ弾けろ(イ・アセ・リト・ト・ゲイズ・フィル)っ!」
「あたれーっ!」
 輝く鈍器や刃、爆弾や弾丸がその肉体を消し去らんばかりに四方から襲いかかる。
「おおおおっ!」
 魔人が苦痛の咆哮を上げた。
 震える空気の中でブラッドの唇に笑みが浮かぶ。
「これで終わりだっ!光よ我が刃に宿りて力を示せ(イ・アセ・リト・ト・ミャ・ムク・ウィプ)!」
 叫びと共に輝く大きなオーラをまとった刀身を、全力で振り下ろした。
 光に飲み込まれた黒い塊が煙となって消し飛んでいく。
 次の瞬間、剣によって抉り取った大きな穴の中にブラッドは自分から飛び込んだ。

 闇に包まれたドームの内側に女は立ちつくしていた。
 剣に宿した光がその顔を一瞬にして照らす。
 不意に現れた姿に、女性は怯えきった目でブラッドを見た。
「い、いやっ…!」
「その壷をよこせっ!」
 飛び込んだ勢いのままで剣を投げ捨てるとブラッドは自分から女性に飛びかかった。
 女性が抱え込んだ未だ黒い煙を昇らせている壷を狙って両手を伸ばす。周囲を覆う闇の帳がわななき声と共に大きく揺れる。
 そのままブラッドは力に任せて一気に女性を押し倒した。
「いやーっ!」
 女性が千切れんばかりの絶叫を上げる。
 だがそれにも構わずにブラッドは女性の腕を掴んで壷から引き剥がしにかかった。
 腕力でははるかに上回っているはずだが、必死の抵抗をする女性の力はありえないほどに強い。
「やめろおっ!」
 狭い空間に魔人の叫びが反響する。
 だがその刃は一つたりともブラッドに向けて放たれなかった。
 二人の人間は互いに密着して掴んだ壷を引き合っている。ブラッドが壷に触れたことで魔人は彼に直接干渉することができなくなっていた。
「渡さない、これは渡さないっ!」
「―っ!」
 女性は泣き叫ぶと、次の瞬間思いっきり目の前のブラッドの腕に噛みついた。
 皮膚を食い破られる苦痛にブラッドの片手の力がかすかに緩む。
 壷を引く力の均衡が崩れたその時、二人の思いとは裏腹にその壷は手から外に飛び出した。
「しめたっ!」
「待って!」
 二人が同時に叫び、転がった壷に飛びつく。
 だが壷に先に手が届いたのは女性を押し倒していたブラッドの方だった。
 女性の手が届くよりも先にその壷を胸元に引き寄せ、大声を上げる。
「魔人よ、壷の内に戻れっ!」
「オオオッ!」
 魔人は叫びを上げた。広がっていたその体が急速に縮まる。
 闇に覆われた空間に外の光が一気に差し込んできた。
 耳を覆わんばかりの絶叫を上げて魔人の体が壷へと吸い込まれていく。
 その様子にブラッドは思わず頭上を見上げた。
「やった―!」
「殺せっ!」
 だが、次の瞬間響いた女性の叫びと共に再び魔人の体が広がった。
「!」
 女性がブラッドに飛びかかり再び壷を掴んでいた。
 彼らの頭上で魔人の体が鳴動を繰り返す。
 同時に二人が壷を掴んで異なる命令を下したことで、制御を乱された魔人の力が暴走しようとしていた。
 その直下で互いに取っ組み合うブラッドと女性の姿にサークらがすかさず駆け寄ろうとする。
 だが彼らの手が届くよりも早く、暴走した魔人の刃が二人をも含めて無差別に周囲に放たれた。
 生身の肉体など易々と貫けるであろう黒い槍が四方八方に突き出される。
「ブラッド先輩、危ない―っ!」
 最後の一歩を蹴ったリィナの悲鳴が響く。
 次の瞬間、赤い鮮血が宙に飛んだ。

 漆黒の槍は、ブラッドを庇おうと飛び出したリィナの腹部を完全に貫いていた。
 一瞬遅れて彼女が血を吐き出す。
 その体が前のめりに倒れていく中、リィナの目は最後までブラッドを追っていた。
 振り返っていたブラッドが目を見開く。
「リィナ―っ!」
 ヴィルの絶叫が響き渡った。

 その時、彼女が闇の槍の上に倒れ伏す寸前のぎりぎりのところで、サークがその体を受け止めた。
 そしてすぐさま足元に転がっていたブラッドの剣を拾い上げ、その刃を槍に叩きつける。
 数回金属音らしきものが響いた直後槍は中ほどで完全に折れた。
「―魔人よ、壷に戻れっ!」
「こいつらを殺せ、殺してしまいなさいっ!」
 二つの絶叫は尚も重なり合う。
 頭上で動きを止めていた魔人の体が再び激しく震え出した。
「みんな危ないっ!」
 ただ一人駆け寄ることができずに距離をおいていたレイが叫ぶ。
 リィナの体を支えるサークに代わって、唯一まだ自由に動けるヴィルが杖を頭上にかざす。
 その瞬間、ブラッドの更なる叫びが放たれた。
「闇よ、我が元に集え(イ・ワント・ダリカ・ゲイズ・フロン・メ)っ!」
 渾身の叫びが響き渡った時。
 ―唐突に、魔人の動きは止まった。
 不完全ではあるが魔術言語による命令がより強い拘束力を持って魔人を縛る。未だなお壷を奪い取ろうとする女性の目の前で、闇色の塊は壷の中へと吸い込まれた。
 そこに深手を負ったリィナの体をようやく横たえたサークが駆けつける。
 ブラッドに襲いかかる女性の肩を掴むと、強引にその体を引き剥がした。
「もう抵抗はやめろっ!」
「離せ!離しなさいっ!」
 手足を振って暴れる女性の体を羽交い絞めにして持ち上げる。
 壷を掴んで横たわっていたブラッドがようやく半身を起こす。その体は、噛み傷や引っかき傷であちこちから血が流れていた。
「リィナ、大丈夫っ!」
 一方ヴィルは横たわるリィナの元に駆け寄った。
 魔人が壷の中に消えたことで闇の魔力を凝集させた槍も消失し、再び傷口からの激しい出血が起こっていた。
「光よ、我が力を糧に彼の者の傷を癒したまえ(イ・アセ・リト・ト・カレ・ヘ・ビ・メ)―!」
 しゃがみ込んで杖をかざし一気に唱える。
 その瞬間一際強い光がヴィルの体から放たれた。それは彼女の持つ杖へと収束し、そこからリィナの傷口に降り注いでいく。
 光が傷を覆うにつれてその傷口が蠢き、見る間に再生を始めた。
 徐々に広がっていた傷口が小さくなっていく。
 だが、その傷口が全て塞がる前に不意に光が明滅し、消えた。
「…げ、限界…。」
 ヴィルはそう呟くと、そのままリィナの隣で気絶した。
「ちょ、ちょっと。しっかりしなさいよヴィル!」
 辛うじて傷をふさいだ足を引きずってレイがそこに歩み寄る。
 だがゆすってみたヴィルが完全に気を失っているのを見て、ため息をつくと彼女も自分の杖をリィナの傷に向けた。
 小さな輝きが生じる。
 それを遠くに見ながら、サークも安堵の息を洩らした。
 腕の中の女性はようやく抵抗をあきらめたらしく力なくうなだれている。
 サークは片手をそっと離すと、しばしその手をさまよわせた挙句自分の腰から飾り布を引き抜いて女性の両腕に巻きつけた。女性もついにあきらめたのかその体が脱力する。
「おお。ベルトで縛るとはなかなか通だな。」
 そこに突然振ってきた声に見上げると、壷を手にしたブラッドが彼を見下ろしていた。
「…封印はできたのか。」
「ああ。とりあえず今は蓋をしてあるだけだがな。」
 そう答えてブラッドが壷をサークの目の前に差し出す。
 確かに上には蓋が置かれ、見る限りでは何の変哲もないような壷がそこにはあった。
 サークが腕をきつく縛る作業をする横に疲れきった顔のブラッドも腰を下ろした。
「どうにかケリはつけられたみたいだな。」
「ああ。」
 そう答えてサークは額の血を拭った。
 それを見た途端ブラッドも慌てて自分の傷を確認する。
「ひどいな。この女につけられた傷の方が多いんじゃないのかこれ。」
「それはご苦労だったな。」
 サークも疲労の色は濃い。投げやりにブラッドの言葉に相槌を打つ。
 するとブラッドは珍しく柔らかい微笑を浮かべた。
「まあ…どうにか全員死なずに済んでよかったよ。」
「当たり前だ。」
 答えるサークの口調は相変わらずだったが、その瞳には少しながら穏やかな光があった。
 一瞬目を丸くしたブラッドはゆっくりと周囲を見回した後、サークから視線を外したまま照れくさそうな顔をして言った。
「…その、助っ人に来てくれて…感謝するよ。」
「あ?」
「ありがとな。おかげでどうにか助かった。」
 思わぬ礼の言葉に今度はサークの目が丸くなる。が、次の瞬間サークはいつもの皮肉げな表情を見せた。
「反省したなら、次からは一人で飛び出すのをやめるんだな。」
「あー。いや、一人ならいいんだが、万が一リィナの身に何かあったらパパさんに何されるか分からねえからな。」
 そう言ってブラッドはサークを見つめる。
「誰がパパだ?」
「お前があいつの保護者なんだろ?」
「違うわ。」
 サークはにやにやと笑うブラッドの頭を小突いた。
 合わせてブラッドも軽くつんのめったが、一息置くと彼は再び頭を上げて真面目な顔でサークを見た。
 その急変した態度にサークが怪訝な顔を見せる。
「さて…それじゃ、オレは行くわ。」
「何?」
 唐突な言葉に、サークは驚きというよりも険しい目を向けた。
 だがそれに構わずブラッドは壷を手にしたまま立ち上がった。
「自警団にこの品を持っていかれるわけにはいかないからな。とりあえず奴らが来る前に一旦ここを離れないと。」
 その言葉にサークが考え込む。
「…そうだな。まあ、仕方あるまい。」
 事情を一通り聞いていたサークは、難しい顔ながらもうなづいた。
 ブラッドが壷を脇に抱えて続ける。
「後のことは任せた。まあ、後でもう一度お前の部屋に荷物を取りには行かせてもらうけどな。」
「ああ。だが今夜はもう泊めてやらんぞ。」
「へいへい。」
 付け加えられた一言にはブラッドは舌を出す。そこにサークは真面目な話を続けた。
「自警団の方には適当に言っておこう…女性は魔人に操られていた、そしてその魔人は封印したと。それだけにしておけばいいだろう。」
 にやりと笑ってブラッドはうなづいた。
「相変わらず見事な詭弁だな。」
「嘘は言っていまい。」
「…オッケー。じゃあ任せた。よろしくな。」
 あっさりそう答えると、転がっていた剣を鞘に収めてブラッドはサークにくるりと背を向けた。
「ああ。気をつけろよ。」
「大丈夫さ。いざとなったらこの魔人が使えるし…。」
「ブラッド。」
「冗談だよ。」
 肩越しに軽く手を振る。
「じゃ、お前も気をつけてな。」
 そう軽く言って、さっさとブラッドは森の中へと歩き出した。
 その背にサークが最後の一言を呟く。
「まったく…まあお前なら殺しても死なないだろう。」
 あっという間に木々の陰に隠れて見えなくなった姿に、サークは小さく笑った。
 そこに別の相手が近寄ってくる。
「あれ?ブラッドは、どこ行ったの?」
 隣に立ったレイに、サークは視線を外したまま答えた。
「聖騎士としての指令を果たしに出ていった。」
「ふーん。…で壷は?」
 その言葉に一瞬サークは沈黙する。
「その仕事のために回収したよ。」
「ふー…ってちょっとそれどういうこと!」
 次の瞬間レイが大声で叫んだ。
 顔をしかめて片耳を手でふさぎながらサークが答える。
「まああいつにもいろいろと事情があるんだ。勘弁してやってくれ。」
「だ、だって、事件の真犯人…!」
 絶句するレイにサークも苦しい顔で答える。
「女性は魔人に操られていた。魔人は我々で封印した。おしまい。」
「そんなのでいいのっ?」
「そうするしか仕方あるまい。それとも今からまた壷探しをするか?魔人が封じ込められたようなとんでもない代物を。」
 意地悪く問いかけられたサークの質問に、レイが落ち込んだ表情で答えた。
「…最悪。納得いかないわ。」
「俺だって全部に納得がいくわけじゃないが…まあとりあえず事件は終わったんだからよしとした方がいいだろう。」
「だって…。」
「元々大神殿に収められていた品なんだ。それが再び保管場所に戻った。そういうことだ。」
 小さく呟くようなサークの言葉に、レイは黙った。
 しかし、しばしの沈黙の後にぽつりとこう言った。
「…でも、事件は起こって何人もの人が死んだんだよね。」
「…。」
「―じゃ、私はヴィルを起こしてくるから。そろそろ自警団の人たちが来るでしょ。」
 沈黙したサークに対してレイははっきりと宣言すると、さっさとその場所に歩き出した。
 その背を見送ってサークが小さくため息を洩らす。
 そのまま少し静止した後、サークは近くで横たわる女性の方を振り返った。
 女性は完全に力を失ったのか地面の上で大人しく横になっている。
 自警団の人員が来たら引き渡さねばならないだろう。サークは立ち上がると彼女の元に歩み寄った。
 そしてその体を起こそうと手を伸ばした時初めて、彼女が何か呟いていることに気づいた。あまりにも小声だったために今まで分からなかったのだ。
 サークはそっと耳を澄ました。
 ―次の瞬間息を飲んだ。
「…渡さない。あの人も渡さない。この子も渡さない。もう誰にも渡さない。誰にも、誰にも…。」
 虚ろな目を宙に浮かせて呟き続ける女性。
 サークは思わず目を閉じて短く祈りを捧げると、ようやく彼女にその手を伸ばした。

 祈り…いや、懺悔を思いながら。



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