「情報屋」
ばぶこ


 私のクラスには、情報屋がいる。

   ***

 山之内卓也が自らを情報屋と名乗ることはない。
 でも、彼が情報屋だということは誰もが知っている。
 山之内卓也は情報屋だ。


 情報屋は情報を対価として情報を売る。
「情報屋さん、知りたいことがあるの」
「何だ?」
「あのね……三組の木村君の志望校って、わかる?」
 情報屋は目をつぶり記憶の糸をたどる。
 情報屋はメモを取らない。膨大な情報は全て彼の記憶の引き出しに蓄積される。
「第一志望が県立M高校で、その次がK学園」
 少女はそれを聞いて顔をほころばせる。
「ありがとう!さすが情報屋ね。お礼に、ここだけの話なんだけど……」


 少女の背中を見送って、情報屋はにんまりと笑う。
 ――今日の取引は運が良い。
 情報屋はひとつの情報と引き換えに、二つの情報を手に入れた。
 「お礼」として渡された情報と、もう一つ――彼女が、三組の木村に気があるということ。

   ***

 日直の仕事を終えて教室に戻ると、ドアのところで人にぶつかった。
 慌てて謝り駆けていった少女を目で追ってから教室に入ると、情報屋が、いた。
 おそらくさっきの少女も、情報を「買いに」来たのだろう。
 彼は私に気づいて、意外そうな顔をした。
「なんだ、相川か」
「相変わらずだな、山之内」
 私は冷やかに情報屋を見据える。
「人のプライバシーを食い物にして楽しいか」
 私がなじると、彼は心外だな、とでも言うように首をかしげる。
「人聞きの悪いことを言うな。別に俺は自ら情報を売ろうとしてるわけじゃない。みんなが望んで俺のところに情報を買いにくるだけだ」
「ご立派な言い分だな」
 情報屋は立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「今の時代、情報を制するものが世の中を制する。そうだろ?今や、学校中の情報は俺のもとに集まってくる。その中にはもちろん、俺にとって興味深いものもたくさんあるというわけさ」
 そう言って私の前で立ち止まり顔を上げた。分厚いメガネの奥の細い目が、妖しく光る。
「あんたが情報の内容に興味があったとは意外だな。取引の道具としか見てないと思ってたよ」
「情報ってのはな、知ってるだけじゃ意味がない。その価値を知って正しく活用できてこそ役に立つもんさ。人と接するのに相手に関する情報を知ってると知ってないとじゃ大違いだからな。たとえば……」
 情報屋はいったん言葉を切り、私の目を見てにやりと笑った。
「たとえば、相川良枝は山之内卓也のことが好きだ、とかな」


「下衆野郎」
「女の使う言葉じゃないな」
「一体何のつもりだ」
 唇を噛みしめ、情報屋を睨みつける。
「あんたは一体、何が言いたい」
「とっておきの極秘情報があるんだが、聞きたくないか?」
「いらない」
「聞け」
「いらない」
「いいから聞け」
「……さっさと言え」
「よく聞けよ、一回しか言わないからな……山之内卓也は、相川良枝のことが、好きだ」


「……からかっているのか?」
「俺は嘘の情報を人に教えたことはない」
「告白のつもりか?」
「情報提供だ」
「………っ」
 二人だけの教室に、しばしの沈黙が流れる。


「わかったよ」
 私は決心して口を開くと、情報屋の体をぐいと引き寄せた。
「情報料だ」
 そう言ってそっと唇を合わせる。放課後の教室に差し込む夕日が二人の横顔を赤く染めた。

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