「MITEIMAN the NEXT」
美崎あらた



     1

 そう遠くない未来。人々はほとんどの仕事を機械に奪われ、暇を持て余していた。しかしいくら生活が豊かになったからと言って、働かなければお金が無い。お金が無ければ生きられない。誰かの生み出した余剰の富も、働かざる者には配分されない。
 第一次産業、第二次産業はすでに機械が行うものになっていた。食料も衣服も住居も、生活に必要な物はみな機械が作る。その機械ですら機械が作る。作りだされた製品を運び、売るのも機械である。人類に残されたお仕事は第三次産業のごく一部となった。
 機械がいまだ体得していないのは……あるいは人間が機械に体得させていないのは、考えることと話すこと。人々はその能力を極めるしかなかった。昔の母親は昔の子どもに「口ばっかり動かさないで手を動かしなさい」と叱ったものだが、今は違う。職人や手工業者はみな機械に取って代わられた。「手を動かすより口を動かせ」の時代――すなわち、コミュニケーション至上主義の時代が訪れたのだ。人間と人間のコミュニケーション。それこそが人類に残された『暇つぶし』であり、ビジネスだった。人々は交渉し、相談し、会議し、議論し、企画し、決定し、そうして利潤を生みだした。
 では、口が動かない者はどうするか。いわゆるコミュ障、人見知り、無口、内気、ひきこもりといった類の人間は、死ぬしかないのか……それは半分正解であり、半分は幸い不正解である。口が動かない者は、口以外のモノを通して自らを表現した。それは時に小説であったり、イラストであったり、漫画であったり、詩であったりした。コミュニケーションが苦手な者たちはこぞって作家や画家になろうとした。コミュニケーションできる者たちはそういった作家志望者らを利用し、次々とコンテンツを生み出していった。
 これが、大創作時代の幕開けである――

     2

 京都大学公認・創作サークル『名称未定』の第三十六代会長、羊ヶ丘(ひつじがおか)定夫(さだお)もまた、コミュニケーションの苦手な創作者だった。定夫は小学生のころから作家を目指していた。中学の時にはデビューして、義務教育が終われば学校なんて行かず、黙々と字を書いて暮らそうと考えていた阿呆な少年だった。とにかく人間関係、コミュニケーションの類が苦手だった。最小限の気が合う友人とだけつるみ、小さな世界で生きていくことを目指していた。しかし現実はそう甘くはなく、視野の狭い夢見がちなガキの書いたモノなど誰も見向きもせず、羊ヶ丘定夫は仕方なく勉強し、立派に京都大学へ入学した。
 大創作時代とはいえ、『名称未定』は創立当初から相も変わらずカフェテリア・ルネの片隅で活動していた。機械の提供する食事を摂り、閉店時間になると掃除担当のルンバに追い出され、店の前でたむろした。時代の波に乗って、たしかに会員の数は増えていた。しかし、それは名簿の上だけの話である。内気な者は内気な者どうしでもやはり内気だった。
 定夫が会長になったのは他でもない。じゃんけんで負けたからだ。同回生同士で熱い押し付け合いを繰り広げた挙句、結局じゃんけんで決まった。定夫はコミュ障ながらも、会長になってしまった以上はその責務を全うしようと一応責任感のようなものを持っていた。
 しかし、第三十六代会長の仕事はまだ始まったばかり――

     3

 各々の人見知り力を発揮しながらも、なんとか新歓コンパを終えた五月末。新規メンバーを加えた初の内部誌の締め切りが迫っていた。迫っていたというか、今日だった。
 カフェテリア・ルネの片隅、机をいくらか占領……もとい利用して、サークルの面々が集まっていた。
「ごめーん、『真締切』発動ってことでよろしく~」
 へらへらとあまり申し訳なくもなさそうに謝るのは、霧ヶ峰(きりがみね)涼子(りょうこ)三回生字書き。この創作サークルには珍しい茶髪。ピンクのラインが入ったジャージを履いて、上は真っ赤なパーカー。黒縁眼鏡をかけてアニメキャラクターのシールがベタベタ貼ってあるノートパソコンをカタカタしていなければテニサーかと思ってしまうルックスである。
 そして彼女の言う『真締切』とは、本来決められた締め切りに間に合わなかった者が編集さんに泣く泣く頼んで設定してもらう締め切り……のはずである。しかし霧ヶ峰涼子は三回生となり、編集が二回生、つまり年下になった途端、態度がデカくなった。まったくけしからん奴だ、と定夫は思うのだが、面と向かっては言えず、近くの席に座ってオロオロする。
「わ、わかりました。いつごろになりそうですか?」
 気弱な様子で応対する今回の編集は渥見(あつみ)亜美(あみ)二回生絵描き。こちらは涼子と対照的に、いかにも文学少女という感じだった。絵描きだけど。紺色のスカートはひざ下まであり、白のシャツは皺ひとつなく、つややかな黒髪は定規で引いたのかと思うほどにまっすぐ。
「うーーーん、いつまで待てる?」
「げ、月曜にはアップロードしたいのですが……」
 名称未定の内部誌『幻想組曲』は、数年前から電子冊子になっていた。編集が会員から原稿のデータを集め、体裁を整え、『マテキ』と呼ばれる名称未定独自のストレージにアップロードする。会員はそれを自分の端末にダウンロードして読むことになる。
「ふーん、じゃあ日曜出すわ」
「え、えと、あの……それじゃ編集する時間が……」
 亜美の弱弱しい声は涼子がキーボードをたたく音にかき消される。カタカタカタ、ターン!
編集の仕事は、ノンブルを振ったり、目次を作ったり、編集後記を書いたりと、紙でやっていたころに比べれば印刷の手間が省けた分楽にはなったものの、大変なものは大変だった。亜美は泣きそうな目で定夫会長に助けを求めた。定夫はうっかり目を合わせてしまい、聞こえていなかったふりをすることもできず、
「え、あー、ごほん。霧ヶ峰さん」
 とりあえず声をかける。
「あ? 何だよ会長」
 涼子は手を止めず、顔も上げずに声だけで返事をする。
「えぇと、締切を破るのは、よくないと思うよ」
「は? だから今こうやって書いてるじゃん」
「い、いや、だからもっと計画的に……」
「だって、ネタの神さま降りてきたの昨日なんだもん。文句は神様に言ってよ」
「お、おう……」
 定夫はそれきり、何も言えなくなってしまう。亜美は嘆息してそっぽを向いた。
 羊ヶ丘定夫は人見知りである。特に、女性と話すのは苦手だ。特に特に、気の強い女性は苦手である。

     4

「締め切りを守れ!」
 羊ヶ丘定夫は怒鳴る。
「日ごろからコツコツと書いていないからそうなるんだ!」
 相手は霧ヶ峰涼子……の、似顔絵。定夫は絵描きであり字書きでもある。自分で霧ヶ峰涼子の似顔絵を描き、壁に貼り、それに向かって、あらかじめ書いておいた説教の原稿を読んでイメージトレーニングをしていた。
「うむ、絵なら大丈夫だな」
 そして満足げ。
定夫はコミュニケーション練習セットを片付け、買い物に出ることにした。練習も終わったし実践……とはならない。なぜなら実践は緊張するからであり、定夫は緊張することが嫌いだった。まぁ、次回から、タイミングが合えば、ガツンと言おう。そのうち、うん。自分に言い聞かせる。
 ドアを開け、外に出ようとしたそのとき、ポケットの端末が震えていることに気がついた。見れば、渥見亜美二回生編集からの音声着信である。
「ふぇえええ」
 定夫の口から非常に情けない声が漏れる。女の子から電話がかかってくるなんて、定夫にとっては大変珍しいことだ。最後に電話した女性は実家の母だ。その前は祖母で、そのまた前はやはり母だった。
 とはいえ気がついてしまった以上なかったことにはできない真面目さもまた、定夫は持ち合わせていた。それに、後輩が突然電話をかけてくるだなんて、何か訳があるに違いない。
「も、もひもひ!」
 緊張のあまり声が裏返る。
「あ、会長! 大変なんです! 霧ヶ峰さんの様子がおかしくて、原稿を取りにきたんですけど……きゃあっ」
 ただごとではない音声が今まで緊張していた定夫の頭をぶん殴る。
「ど、どうした? 今どこに?」
「附属図書館の、前です。変なおじさんが、今戦ってます!」
「は……?」
 変なおじさんが、附属図書館の前で戦っている? 何と? いや、その前に霧ヶ峰涼子の様子がどうとか言っていた。つまり導き出される結論は――
「すぐ行く!」
 変態のおじさんに襲われて涼子がピンチ! そういうことだろうと定夫は納得し、すぐに自転車にまたがる。どうして変態に襲われて、110番ではなく会長に連絡してしまったのか、亜美の心境はわからないが、それだけパニック状態ということだろう。などと考えている定夫もまたパニック状態だった。とにかく行かなければという思いが先行する。

     5

 現場に駆け付けた時、定夫を待ち受けていたのは予期していた図ではなかった。
 本当に、変なおじさんが戦っていた。
何と?
 何と戦っているのか、それは難しい質問だった。定夫の目には、霧ヶ峰涼子の背後に何か黒いものが見えていた。ソレは涼子の胸のあたりから這い出して絡みつき、背後に回って涼子の身体を操っているようだった。おじさんは、それと戦っている。
 そのおじさんは中肉中背のいかにもおじさんで、仮面をつけているので顔は見えないのだが、動きからしておじさんだった。踏み出す脚はおっかなびっくり。腰痛持ちなのか、腰をかばうような動き。そして亜美がこのおじさんを指して『変な』という形容をつけたのは、その仮面のせいだろうと思われた。お世辞にもカッコイイとは言い難い仮面である。ど真ん中にデカデカと『未』という文字が書かれている。
「か、会長!」
 亜美が駆け寄ってくる。
「あのおじさんが、会長を呼べって言ってて、それで……」
 亜美は混乱していて説明がおぼつかない。
「あのおじさんが僕を? なんで?」
「わ、わからないですけど、霧ヶ峰さんが突然おかしくなって、それで……」
「わ、わかった。僕に任せて」
 定夫は亜美を下がらせ、黒い異形に向き合う。任せてとは言ったものの、どうすればよいのやら。
「き、君が……ゼェゼェ……今の名称未定の、会長かね?」
 変な仮面おじさんはぜぇはぁ言いながら、異形に操られた涼子の手刀を防いでいる。
「そ、そうです! あなたは?」
「自己紹介はあとだ! 私はもう体力がもたん! 撤退するぞ!」
「て、撤退ですか⁉」
「そうだ。戦略的撤退だ! それとも何か? 君は『アレ』を倒せるのかね?」
「無理です!」
「では私についてこい! 撤退!」
 おじさんはそうと決めるやいなや敵に背を向け、全力疾走した。定夫もあわててその後を追う。おじさんは振り返らない。逃げ足は速かった。
「何だかわからんが、今はこれしかない!」
 逃げ足が速いのは定夫も同じだった。数々の困難から逃げてきた足とメンタルである。
 『グエエ』とか『グオオ』とか呻く涼子を後にして、定夫とおじさんはまんまと逃げおおせた。

     6

「ああああああ! 渥見さんを置いてきてしまったぁ‼」
 定夫が、救出しに行ったはずの会員二人を置き去りにして敵前逃亡してしまったというその重大な事実に気がついたのは、異形に操られた涼子と、それに怯える渥見亜美の姿がすっかり見えなくなってしまってからだった。
「まぁ……ドンマイ。たぶん大丈夫。命までは取られないよ、たぶん」
 おじさんが定夫の肩をたたく。
 二人は吉田山の奥にいた。道なき道を分け入った、藪の中である。
「あ、あの……あなたはいったい……?」
 定夫は少しだけ落ち着きを取り戻し、切株にどっかり座って休憩する仮面のおじさんに尋ねた。
「わが名は『未定マン』。締め切りの前に立つ者……だった。現役の頃は」
 大きく『未』という文字が書かれた仮面をよいこらせとはずし、代わりに眼鏡をかける。こうなってしまうともう正真正銘普通のおじさんである。
「ふぅ……ぶっちゃけ眼鏡が無いとよく見えなかったんだ」
「なん……だと……」
「君は、あの黒い影を見たかね?」
「え、ええ。霧ヶ峰さんを操っているように見えました」
「その通り。あれは見える者にしか見えない。あそこにおった編編集の子には、その霧ヶ峰くんがいきなり暴れ出したようにしか見えていなかったろう」
「いったいあれは何なんです? どうして僕には見えるんです? あとついでに、未定マンって何なんです?」
 定夫はいつになく饒舌だった。わからないことが多すぎる。そして、置いてきてしまった後輩のことが心配で気持ちが逸っている。
「ついでとは何だ……いや、まぁいい。順に説明しよう」
 未定マンと名乗った普通のおじさんは、一息ついてから話し始める。
「大創作時代が訪れ、作家志望者の数が急増した。それは知っているね?」
「ええ、それはもう」
「それに伴って、創作者の負の心に憑りつく異次元からの侵略者がやって来たのだ。それが、あの影の正体」
「い、異次元からの、侵略者?」
「そう。奴らは創作者の負の心――つまり締切をないがしろにする心とか、そういう心だが――に憑りつき、身体を乗っ取ることができる。私は奴らを『パラサイトワナビー』と呼んでいる」
「パラサイト……ワナビー……? 『奴ら』ということは、あれ以外にもいるということですか?」
「そうだ。いくらかニュースになった事件もあるのだが、普通の人にはパラサイトワナビーが見えないため、作家志望の夢見がちな若者が頭おかしくなったということで処理される。まぁ、あながち間違ってもいないが……」
「そ、そうだ。どうして僕やあなたには奴らの姿が見えるんです?」
 おじさんは先ほど取り外した仮面を指でコツコツと叩く。
「我々の中に眠る『未定マン因子』の力だ」
「未定マン……因子……? それが、僕にも?」
「そうだ。未定マン因子は、創作サークル『名称未定』のひつじ年の会長に受け継がれるのだ。なぜだかよくわからんが」
「たしかに僕はひつじ年ですが……まさか、あなたも?」
「そう、私は第十三代会長。ひつじ年ふたご座だ」
「星座はどうでもよいのでは……」
「まぁそうだな。何はともあれ未定マン因子を持つ者だけが、パラサイトワナビーに接触することができる。そしてその能力でもって未定マンに変身し、奴らを倒すことができる」
「へ、へぇー、そうなんですか」
「そして今や、未定マンに変身できるのは、君しかいない。私はもう無理……」
「い、いやいや頑張ってくださいよ!」
 おじさんが押し付けようとする仮面を、定夫は必死で押し返す。
「いやいやいや、今のは流れ的に受け取って未定マンの意志を引き継ぐところだろうが! へたれ!」
 マジ切れする十三代会長ことおじさん。
「いやいやいやいや、無理ですよ」
 頑なに拒否する三十六代会長こと定夫。
「君は今を生きる名称未定会長だろう? しかも会員の一人がパラサイトワナビーに乗っ取られ、もう一人を現場に置き去りにして、まだ戦いたくないと言うのか!」
「ぐふぁ! 人質なんて卑怯ですよ!」
 痛いところを突かれて精神的吐血をする定夫。
「私が人質を取ったわけでは……いや、この際どうでもよい! 未定マンやるの? やらないの? どっちなの⁉」
「ぐぬぬ……」
「締め切りを、守りたくはないのか?」
「締め切り……」
 その言葉に、定夫の心は揺れた。
『締め切りを守れ!』
 今日、家を出る前に練習していたセリフ――
『日ごろからコツコツと書いていないからそうなるんだ!』
 思い出す。今ここで、定夫が仮面を受け取らなければ、霧ヶ峰涼子は、渥見亜美はどうなる? 涼子はパラサイト何とかに支配されるか、何かしらやらかして警察の厄介になるだろう。亜美は編集初仕事で原稿を集めきれず、しかも会員を失ってしまったという後悔に苛まれ続けることだろう。
「それは……だめだ」
 羊ヶ丘定夫――一人の名称未定会長が今、立ち上がる。
「僕は、締め切りを――守りたい!」

     7

 渥見亜美は、豹変した霧ヶ峰涼子によって監禁されていた。場所は、この大学でもっとも目立つところ。つまり時計台のてっぺんである。
 涼子は女子大生とは思えない力で亜美の身体を抱え、そして、飛んだ。亜美が気がついた時には時計台の上だった。
 今日は日曜日なので人はまばら。時計台で騒ぐ者がいたところで、また京大生が変なことをしているという程度にしか思われない。
「ど、どうしちゃったんですか? 霧ヶ峰さん」
「シメキリ……シンシメキリ……」
 返ってくる言葉は、文になっていない。声も普段とは違う。まるでモザイクがかかったような、何か異物が混ざったような声。
「シメキリガ、ワルイ……ヘンシウ、イナケレバ……」
 涼子はニヤリと不気味な笑みを浮かべて、亜美の身体を持ち上げる。
「ひ、ひぇえええ」
「グッバイシメキリ」
 空き缶をポイ捨てするがごとく、亜美の身体を放り投げる。

「待てぇい!」

 颯爽と現れた群青色の光が、空中で亜美の身体をキャッチする。
 シュタッと降り立って亜美を立たせ、彼は言う。
「大丈夫かい、お嬢さん」
 大きく『未』と書かれた仮面が光る。
「は、はい……」
 群青色に輝く金属のパワードスーツに、真紅のラインが入っている。そのラインは胸の中心に煌めくコアにつながっており、まるで心臓と血管のようだった。
「あ、あなたは……?」
「我が名は未定マン。締め切りを――守る者だ」

     8

 未定マンの中の人。すなわち羊ヶ丘定夫は浮かれていた。未定マンを受け継ぐことを拒んだ理由の一つに、仮面がダサかったというのが実はあったのだが、この仮面は思いのほか定夫にとっては心地の良いものだった。
「大丈夫かい、お嬢さん」
 仮面をつけていると、女の子に普通に話しかけることができるのだ。これは人類にとってはどうでもいい一歩かもしれないが、定夫にとっては大きな一歩だった。仮面をつけることで、かえって定夫は堂々と振る舞うことができた。
 そして、この力――
 名称未定のひつじ年の会長にたまに現れるという『未定マン因子』。その因子を持つ者には、ある能力が授けられる。
 それは、『ソウゾウの力』。
 ソウゾウしたものを、速やかに具現化する能力。未定マンの新たなコスチュームは定夫が創造したものだった。
 全身を覆うのは『ミテニウム』と呼ばれる(定夫が勝手に想像した)硬さと柔軟さを兼ね備えた、なんかすごい金属を用いたパワードスーツ。もちろん『未』の仮面もスーツに合うようにメタリックに創造し直した。スーツに力を与えるのは胸のコア。これは名称未定の冊子『幻想組曲』の最新刊を凝縮させたものだ。ページ数が厚ければ厚いほど、内容が濃ければ濃いほど、力が増幅するという設定(ソウゾウ)である。
「ミテイ……マン? テキ……タオス……」
 涼子の背後に憑りついたパラサイトワナビーが、黒い影を蠢かし、時計台から降りてくる。
「霧ヶ峰涼子! 目を覚ますんだ!」
 未定マンの呼びかけにも、応えは返ってこない。
「未定マン‼ これを使え!」
 後からのんびりとやってきたおじさんもとい名称未定OBのおじさんが何かを投げてよこす。
 定夫が受け取ったのは、一本の万年筆だった。
「これは?」
「万年筆型リアクター。それを彼女に刺せば、パラサイトワナビーを引きずり出すことができる!」
「わかった!」
 定夫は右腕を突き出し、ソウゾウする。すると右腕の上部に、銃口が飛び出す。そこに先ほどの万年筆を押し込み、涼子の背後、黒い影へと狙いを定める。
「ソウゾウしたのは、『クーゲルシュライガン』――発射!」
 コアから赤色のラインを通って右腕に光が集まる。ギュンと空気を切り裂いて、万年筆が飛び出す。
 プス。そんな軽い音がして万年筆の先端が涼子の胸に刺さる。否、正確には、彼女の胸から生えた黒い影に刺さる。
「グオオオオオ⁉」
 万年筆は、インクを吸い上げる要領で、パラサイトワナビーを涼子の身体から吸い出していく。
 涼子の身体が後ろに倒れ、黒い影が完全に分離する。それはもぞもぞと万年筆を押しのけ、その姿を形成した。黒々と渦巻く虫のような影。
「それがお前の姿か」
「グモモモモ」
 怪物はわさわさと無数にある足を動かし、未定マンに突撃する。
 が、未定マンは華麗にバックステップを踏んでかわす。
「体が、想像したとおりに動く!」
 定夫は、普段なら絶対にできないようなジャンプ力でもって飛び上がり、パラサイトワナビーの背中を蹴ってさらに跳躍し、時計台の頂点に立つ。
「僕は、締め切りを守る――締め切りをないがしろにする悪の心は、ここで斬る‼」
 ドンと胸に拳をあてる。
すると、コアが真っ赤に燃え上がる。
「ォオオオオオオオオ!」
 胸から引き抜くようにして、その手には光の剣が現れる。よくよく見れば『〆』という形をしている。

「――〆斬(シメキリ)ブレイドォ‼」

 ひらりと舞う。
落下する勢いのまま、光の剣で異形を斬る。
真っ二つになった異形は一瞬膨れ上がり、そして爆発四散した。

     9

 涼子の身体から現れた怪物は、亜美の目にも見えていた。それを、未定マンと名乗った男が倒すのも。
 未定マンは、異形を倒してしまうと、倒れた涼子を亜美にあずけ、おじさんとともに去ってしまった。
 亜美は呆けたままその後ろ姿を見ていた。
 正気を取り戻した霧ヶ峰涼子は、その後改心したように締め切りを遵守するようになったという。

 ――こうして、今日も締め切りは守られた。

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